Fahrenheit -華氏- Ⅲ
会話はそこで終わった。
『お待たせしました』あたしの声が聞こえてきて、葵さんはこれ以上録音する意味がないと思ったのか録音を切ったようだ。
「葵さん、色々ありがとうございました」
すっかり氷がとけて薄くなった焼酎を口にすると、安っぽい焼酎の味だけが不快に口の中に広がった。
「俺、ちゃんとできたかな~」さっき二村さんと言い合いしているときの覇気をすっかり仕舞いこみ、まるで小さな子供のようにすりよってきて葵さんはあたしの腕に腕を絡ませる。
まるで褒美をねだっているようにも見えた。
「ええ、想像以上に。さ、お腹もいっぱいになりましたし私たちも出ましょうか」
葵さんの腕を抜き取って伝票を手に取ると葵さんは唇を尖らせた。
「えーまだ一緒に居たい」とまるで駄々をこねる姿は本当に子供そのもの。
あなたのそう言う素直な所可愛いと思いますよ?
それでも支払いを済ませ、あたしはタクシーを拾った。
「今日は色々疲れたでしょう?私も疲れました。途中までで良かったらタクシー一緒に乗っていきます?」と提案すると
「え?いいの??」と葵さんは目を輝かせた。
言葉通り、疲れた―――
タクシーに行先を告げると、今まで気が張っていたのか珍しく瞼が重くなってあたしはいつのまにかうつらうつらしていた。
どこら辺を走っているのか分からなかった。眠らない東京の夜の輝かしいネオンがタクシーの窓に反射しているのが瞼の向こう側で分かった。けれど目を開けることが酷く億劫だった。
首がかくりと傾き
「危ない……」
ふわり、と頭を抱えられる気配を感じた。
どうやらあたしは窓に頭をぶつけるところだったみたいだ。それを庇ってくれたのは葵さん―――?
「こっちもたれてなよ」声は間違いなく葵さんなのに、このぬくもり
「啓―――」
あたしの肩を支えていた葵さんの手がぴくりと動いた。
「”けい”じゃないよ」
葵さんのちょっと寂しそうな声が聞こえてきた。
「今日だけは―――許して―――」
許して―――?何を―――?
夢と現実の間をふわふわと漂っていたあたしの唇を何かがそっとかすめていった。
温かい―――息遣い。爽やかなミントのような香りを間近に感じる。
「瑠華ちゃん、
好き」