Fahrenheit -華氏- Ⅲ

そのうち佐々木も出勤してきて、同じようにメールをチェックしてると


「え!」と声をあげた。


そりゃ驚くよな……


「部長、部長…!」と何故か俺の方に走り寄ってきたぐらいだからその驚きは俺よりも上回っているのかもしれない。


それから程なくして就業時間少し前、少し大きめの段ボールを抱えた瑞野さんが遠慮がちにブースに顔を出した。白いニットに淡いラベンダーのふわりとしたチュールスカートはいつもの秘書スタイルより少しカジュアルに思えた。


「あの、瑞野です。おはようございます。今日から…宜しくお願い致します」


すでに瑞野さんようにデスクをしつらえていた瑠華が、瑞野さんの手から少々荒っぽい手つきで段ボールを奪うと、そのデスクに置いた。


「瑞野さん、今日からここがあなたの席です。今日から宜しくお願いします」


瑠華が用意した席は、俺の向かい側。


PCか壁になってて殆ど顔なんて見えないが、ああ、なんてやり辛い……


「よ、よろしくお願いします!」瑞野さんは頭を下げた。


そのときだった。


「み……!瑞野さん!」


二村が血相を変えて俺のブースに乱入してきた。


出たな、二村め。


「異動って何で!まさか柏木さんが……」二村が今にも瑠華に掴みかかりそうだったから俺は瑠華の前に立ちはだかった。


「柏木さんは何もしてない。瑞野さんの異動は会長のご意向だ。文句が言いたきゃ会長に言いな」


「そ、そうよ二村くん……柏木補佐は何もしてないよ。疑うなんて失礼だよ」瑞野さんがちょっと目を吊り上げる。


「み、瑞野さんがあんな顔したの初めて見ました。二村くんも尋常じゃないし……ホントにどうしたらいいんでしょう」と佐々木が瑠華に近づいてこそこそと喋っている。


「どうもこうも普通通り業務を行えば問題はありません」


きっぱり言い切った瑠華に二村は何も言い返すことができず、歯ぎしりをしながら大人しく自部署に帰って行った。


―――――

――


最初はどうかと思ったが、瑞野さんは実際デキる女だった。


シロアリ緑川とは大違い。


こっちが頼んでもいない書類をさりげなく先回りして用意してくれたり、コピーやファックスを取りに行く気配も察して自ら立ち上がる。しかもミスもない。


さっすが”元”秘書。てか”出向”だから今も秘書扱いなのか??


途中、コーヒーを飲みたくなって給湯室に向かおうとすると


「コーヒーですか?あたしが淹れてきます」と瑞野さんが立ち上がったが、瑠華がそれを制した。


「部長のコーヒーの好みは難しいので私が淹れてきます。瑞野さんは座って仕事していてください」


瑠華の言葉に瑞野さんはちょっとまばたきしたものの「あ、はい」と大人しく席についた。


難しい?単なるインスタントだけど??


と思いながらも瑠華がささっと立ち上がり給湯室に向かう。


流石にインスタントコーヒーを淹れさせるだけに瑠華を使うわけにはいかない。俺も慌てて立ち上がって瑠華の後を追った。

< 753 / 833 >

この作品をシェア

pagetop