Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「今日はどこで二村さんとデートなんですか?」とあたしが聞くと
「今日は表参道のカフェでお茶して、デカフェのコーヒーが美味しい店があるからって二村くんが。それから葉月の家に」と緑川さんは真面目に答えてくれる。
表参道ね、ふーん…
口紅を直し終わってポーチに入れると、
「分かりました。それでは」と言ってお手洗いを出ようとすると
「えー、それだけですかぁ」と緑川さんがまたも口を尖らせる。
他に何を意見しろ、と。
「最近、二村くんあたしのパパに紹介しろって煩くて。忙しいから難しいって言い訳ももう通じなさそうになってきたんですよ…」
なるほど。
「確かにいつまでも逃げられる問題ではありませんね」
あたしが足を止めると緑川さんがムーと眉を寄せて「だから葉月困ってるんです」と頬を膨らませた。
瑞野さんの問題からすると随分と規模が小さく思えるが、かといって粗雑に扱ってしまっていい問題でもない。
「そろそろ潮時か…」ぽつりと漏らすと
「え?それってあたしのパパに会わせるってことですか?」と緑川さんは急に不安顔。
「本当はもう少し……来年の三月まで待ってもらいたかったのですが、二村さんの心情を考えると焦ってきてもおかしくありませんね。あまり焦らすと不信感が生まれるかもしれません。ここは思い切って合わせてみてはいかがですか」
「思い切ってって、柏木補佐他人事みたいな言い方してぇ」
よっぽど瑞野さんを引き抜いたこと、さっきマナミさんと仲良くしてたことが気に食わないのか緑川さんは子供のように顔をつんと逸らし腕を組む。
「私からしたらあくまで他人事です。ですが最大限のアドバイスはしているつもりです。私の意見に異論があるのなら、緑川さんの思うように行動してください」
冷たく聞こえるかもしれないが、これ以上あたしにはどうしようもできない問題だ。
「そんな!葉月を見捨てないでください!」と急に緑川さんが焦ったようにあたしの腕に縋ってきた。
「見捨てるつもりなんてないですよ」と言って、緑川さんの左手薬指に何もはまっていないことに気づいた。
「指輪……」あたしが言うと緑川さんは首を傾げた。
「緑川さん、こんな状態でまだ二村さんから指輪をいただいていないのですか?」
緑川さんのことだ、二村さんから指輪をもらったらこれ見よがしに付けてくるだろうに。