Fahrenheit -華氏- Ⅲ

葵さんとは会社から少し離れたカフェで待ち合わせだった。カフェに到着すると黒いダウンジャケットにジーンズと言う姿の葵さんがあたしを見つけて手を振っていた。


何だかこれじゃあたしたち、恋人同士じゃないか。


唇を引き締めて扉を開けると、葵さんがカフェから出てきた。


「早かったね~」


「ええ、まぁ。お待たせしてまた会社まで押しかけられても困りますから」


「困るってひっでー」と葵さんはダウンジャケットのポケットに手を突っ込み歩き出す。でも全然怒った感じではなくあたしの横に並ぶと


「で?今日はどこへ行く~?」とワクワクと聞いてきた。


「どこへ?って決めてないんですか?プレクリスマスデートじゃないんですか。それらしい場所なんて私は知りませんよ」


そう、当日あたしたちは会わないつもりだから今日がそのデートの日と言うこと。


「デートらしいスポットいっぱい知ってるけどさ~」


「でしょうね」


「瑠華ちゃんとは特別なデートじゃなくても楽しめるって言うか、一緒に居られるだけで幸せ」


あっそ。


「では表参道にしませんか?」


「表参道?いかにも、ってところだね。意外」


「いけませんか?」


「ううん、行こう、行こう♪」


葵さんは特に疑うことなく、そしてその葵さんと一緒に東京メトロ日比谷線とJR、そしてそして銀座線を乗り継いで20分弱で表参道には着いた。タクシー移動も考えたが、それじゃ何だかデートっぽくない。あくまで”ぽい”を演出しているだけだが。


駅を出ると表参道の交差点から原宿方面へ「表参道イルミネーション」が広がっていた。ケヤキ約150本がシャンパンゴールドの優しい光で彩られている。


「おお、すっごいな!」と葵さんはイルミネーションを眺めながら手を額にやり遠くまで眺めている。


「ええ、私も初めて来ましたが見ものですね」


「ねぇ何で表参道にしたの?」と聞かれ、あたしはゆっくりと顔を上げた。


「今日、二村さんと緑川さんが表参道に行くと言っていたので、偶然でも会えれば信憑性が増すでしょう?しかし人が多いですね。偶然と言う可能性はなくなかったかも」


そっけなく言うと


「瑠華ちゃん今日のリップいつもと違うね」と全然的外れな言葉が返ってきた。確かに今日はマットな少し濃い目の赤いルージュ。


あたしは黄金色の人工的な光の中無邪気に浮かび上がる葵さんの笑顔を見て





「この唇でキスをすると葵さんにうつっちゃいますね」





とそっけなく言った。



< 773 / 833 >

この作品をシェア

pagetop