Fahrenheit -華氏- Ⅲ

「そしたら、とんでもないものを見てしまって」


マナミさんは制服のポケットからスマホを取り出し、その画面をあたしに見せてくれた。瑞野さんは軽々しくプライベートなことに首を突っ込むタイプではないのか不自然じゃない程度に画面を見ない様、顔を逸らす。


「あの……大丈夫です。お二人に、見てほしくて…」


とマナミさんは前置きして、あたしは瑞野さんと顔を合わせた。『見て欲しい』と言われたら…


マナミさんは動画を撮影していて、自称伊藤の背中が遠くに移っていた。表通りとは違って街灯も少ない裏道のマンション。あまり家賃は高そうではなく、少し年式を思わせる建物の一階部分の扉が開いた。


中から女性と、まだ幼い―――ユーリぐらいだと思われる女の子が出てきて


『お帰りなさい。飲み会お疲れ様』と優し気な声が聞こえてきた。


伊藤の奥さんなのだろうことは容易に想像ができた。


『お帰りなさい~パパ~!』女の子が飛びつくように伊藤の足を抱きしめ、


『ただいまー……今日の飲み会は疲れたよ。先方が強者でね…』と奥さんに鞄を手渡し、ネクタイを緩める仕草まで鮮明に映っていた。


『まぁ、早くお風呂に入っちゃってよ』何も知らない奥さんが伊藤の鞄を持ち、三人はやがて何かを話しながらそのマンションへ入っていった。


「あたし……騙されてたんですよね……涼介さん、まさか奥さんとお子さんまで居たなんて」


マナミさんはとうとう目から一粒の涙をこぼし、手の甲で乱暴に目元を擦った。


自称伊藤がマナミさんを傷つけずフる前に、マナミさんはその事実に気づいてしまった。計算が狂ったが、結果マナミさんは事実を知ることになった。


「マナミさん……」何と声を掛けていいか分からず目の前で俯くマナミさんに問いかけると、彼女は涙の溜まった目をキっと吊り上げてスプーンを握る手に力を籠め


「あたしの時間を返して欲しい!」と声を荒げた。


この様子からすると奥さんからあの男を奪う気はなさそうだ、と思ったが違う気迫を感じてあたしは思わず体を逸らした。

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