Fahrenheit -華氏- Ⅲ
何となく喫煙ルームに居づらくて俺はまだ半分しか灰にしていないタバコを灰皿に押し付け……てか何で俺がこそこそしなきゃいけない?俺、わりーこと何一つしてねぇぞ!
てな具合で心の中で恨み言をブツブツ言いながら喫煙ルームを出ると、瑞野さんとすれ違った。
瑞野さんはオレンジジュースだと思われる缶ジュースを手にしていて、
「あ、お疲れ様です」とにっこり挨拶してきた。
「お、お疲れ……」俺は、と言うとあれ以来瑞野さんに”超”苦手意識を持っちまったみたいで引きつった笑顔で何とか答えるのが精一杯。みっともねーの。
瑠華も一緒かと思ったが瑠華は自販機の更に奥にある資料室へ入る途中だった。
これは……チャンス!
「お、俺もコーヒー買ってこ」とわざと大き目な独り言を漏らして、瑞野さんはにこりとほほ笑み外資のフロアへ向かっていった。その背中を見送りながら俺はこそっと資料室へと侵入。何だか俺、スパイみたいだ。
資料室は分厚いファイルで埋め尽くされただラックたちがずらりと並んでいて、キョロキョロと瑠華の姿を探すと奥の方でファイルの一枚を手にパラパラとめくっている瑠華の後ろ姿を発見。ラッキ!今この場に瑠華しかいない。
「瑠……柏木さん」そっと声を掛け、彼女の華奢な肩にぽんと手を置くと、瑠華は想像以上にびっくりしたように振り向き目を開いていた。
「び……くりさせないでくださいよ」よっぽど資料に集中していたのか瑠華は目をしばたたかせる。
「脅かすつもりはなかったんだ、ごめん」と謝ると、瑠華は必要な書類に目を通し終えたのかファイルをパタンと閉じ、元に戻そうとしている。
「あの……昨日は……」何て切り出していいか分からずおずおずと言いかけると
「忘れて欲しい―――と仰るならそうしますが」
瑠華は後ろを向いたまま静かに答えた。
相変わらずその声に温度は感じられなかった。