Fahrenheit -華氏- Ⅲ
そぅっと棚と棚の隙間から出ると、
「で?瑞野さんがどうした、と言うのですか。昨日何を話したんですか?」と瑠華が早速聞いていた。瑠華もよっぽど気になっていたのであろう。
「瑞野さんは二村の弱みを握っているらしい。それは何か分からないが、条件を飲めば俺たちを復縁させることが可能だ、と」
俺の早口の説明に瑠華が目を開く。
「え――――?
その、条件、と言うのは…」
当然聞いてくるだろうな。だが俺はまだここでカードを見せる気が無い。何故なら瑠華だって俺に隠しているカードがあるから。
「大した事じゃない。瑠華が、瑞野さんに出向を頼んだ本当の理由を教えてくれたら、こっちも教える」
瑠華が僅かに背を逸らし鼻で息を呑みこんだ。
どうやらそれは話そうとする気が無いらしい。
俺の肩が音を立てて下がった気がした。そこまでして隠したい瑞野さんの事情と言うのは何なのか―――
「だけど瑞野さんに油断はするな。瑞野さんは瑠華には危害を加えるつもりはなさそうだが、下手をすると俺たちが永遠に元に戻れないかもしれない」
「永遠に―――」瑠華は俺の言葉を口の中で復唱し、口元に手をやった。
「啓は――――あたしのこと、まだ好きでいてくれるんですか」
瑠華のいつのなく真剣な顔に、俺はゆっくりと頷いた。
瑠華が僅かに俯く。
「好きだよ」