Fahrenheit -華氏- Ⅲ
090-XXXX-XXXX
――――誰?
啓が番号を変えたのかしら。
と一瞬思ったが、それはない。啓があたしに電話をすることなんてない筈なのに―――ほんのちょっと期待してしまったあたしはバカだ。
それでも一応
「はい」と電話に出てみると
『柏木補佐のケータイで間違いないですか?村木です』と声は確かに村木さんなのにその声は抑揚を欠いていた。
「村木さん?どうして?」
『佐々木に電話したのですが繋がらず、内藤チーフに聞きました』
まぁ確かに内藤チーフにはTUBAKIウエディングの香坂さんの件も合って連絡先を教えたことがあったが。
でも何故村木さん?しかもこの日に?
『すみません、私が神流部長に仕事をお願いしなければこんなことには…』村木さんの声は早口だったがやがて途切れ
「こんなこと…!何があったんですか!」
思わず急きこむと
『実は神流部長が事故に遭われまして…』
事故――――!!?
思わず口元を覆い、あたしの手がだらりと下がりスマホを持つ手に力が入らなくなり、スマホが床に落ちた。それをマックスが拾い
「What's wrong? You look pale. Something's wrong.(どうした?顔色が真っ青だけど、何かあった)」と聞いてきて、あたしは聞かれた本人より思わずユーリを見た。
ユーリはキョトンとして大きな目をぱちぱちさせている。
「行かなきゃ……」
ユーリを見ながら殆ど自然に口から出た。
ユーリは何を言われたか分からず首をかしげている。ユーリが小さな手をこちらに伸ばしてくる。あたしはその手をそっと握り
「July, I'm sorry. Mom, I have to go somewhere.(ユーリ、ごめんなさい。ママ、行かなきゃいけないところができたの)」
同じだけそっと離し、走り出した。
大切な人の手を離してはいけない―――前、葵さんが言ってたことを思いだした。
ユーリは大切に違いないけれど、今あたしにとってもっと大切なのは―――
「Mom!(ママ!)」
「Ruka!?(瑠華!?)」
ユーリとマックスの声があたしを追いかけてきて、あたしは僅かに振り向き
「I'll be in touch! Take care of July.(また連絡する!ユーリをお願い)」と言い置き、空港内を走った。