Fahrenheit -華氏- Ⅲ


19時までに仕事をやっつけなければ。


昨日、紫利さんに会って喝を入れてもらったからか、三日間力が入らなかった仕事に真剣に向き合えた。


「佐々木、これコピー20部」


「柏木さん、この書類全部和訳してくれ」


二人に指示することもスムーズにできた。


まだ――……ちゃんと瑠華の方を見ることができない。


でも少しずつ、前の感覚を取り戻したい。『前』と言うのは俺たちが付き合う『前』ではなく、つい最近のこと。


バカみたいにじゃれあって笑い合って、手をつないで、体温を共有して―――


――――

――


昼休憩になって今日ばかりは俺が先に入ることになった。


桐島に試食行くって言ったしな。


「悪いな、先に入って」俺は二人に言って背を向けると


「行ってらっ…」と言いかけた瑠華の声が変な風に途切れて、「ふふっ」と小さな……ホントに小さな笑い声が聞こえた。


振り向くと、両手を口元に当てた瑠華がちょっと笑っていて、俺と目が合うと慌てて下を向きながら仕事を再開させる。


「ぷくく」


とすぐ近くで佐々木も笑いを堪えていて


「な、何だよ!」


俺が完全に振り向くと


「だって部長、派手に寝ぐせ……」佐々木が俺を指さし、堪えきれずと言った感じで笑った。


寝ぐせ!?


頭のあちこちを触って、襟足あたりが変な方向にぴょんと跳ねていた。


朝、シャワー浴びる時間が無かったから……


これは、時間との闘いに負けたってことか??


襟足を押さえながら3Fにある外食事業部に向かう。数回しか来たことないけど、事務所フロアの奥に割と広めの部屋にこれまた立派なキッチンがある。


そこへ向かう途中、ランチに行くのだろう女子社員が俺の姿も目に入っていないようでお喋りに興じていたが、さすがにすれ違うとき


「お疲れ様です……」と言ってきて


「お疲れ様」


と短く挨拶すると


「うっそ…」と言い、女子社員たちは後退する。


そんなに激しい寝ぐせか?それとも顔に落書きされてる?


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