Fahrenheit -華氏- Ⅲ
思わずそんな不安がよぎったが
「神流部長だよ~!」
「キャァ!何で?何で~?」
と黄色い声をあげながらも遠ざかっていった。
何だったんだ…?俺は首を傾げながら、キッチンルームを覗いた。
ガラス張りの扉だから中の様子が分かる。桐島はワイシャツにズボン、ギャルソン風のエプロン姿で、いつになく真剣な表情で皿に何かを盛りつけていた。
桐島と同じ格好で他に数人の従業員が居て、それぞれ作業をしていた。
ガラス戸を軽くノックして
「よっす」と桐島を見ると
「あ、お疲れ~」とさっきの真剣な表情から一転、いつもの爽やか笑顔でこれまた爽やかに言う。
「ちょうど終わったところ」
桐島が手で差し示したのは、パスタ?のように見える。
見た目はひき肉が多めのシンプルなミートソーススパゲッティに見える。だけど、ソースの上に白髪ねぎと糸唐辛子?
変な組み合わせだな。
「これが新作?にしてはありきたりな…」思わず素直な感想を口にしてしまうと
「見た目的には“ふつー”ってことだよね」桐島はクリップボードに挟まれた書類に何かを書きこんでいる。
その後桐島はそのパスタをこれまたきれいに取り分け「食べてみて?」と言われフォークで巻きつけながらそれを口に入れると
「これは!」
俺は目を開いた。
(何か…料理小説になってきてる気がするが)
ミートソースパスタかと思いきや、ソースはジャージャー麺!?だから白髪ねぎと糸唐辛子かぁ。
しかもソースは肉味噌で中華なのに、パスタはもっちりとしている。意外な組み合わせだが、うまい。
「うん、うまい」と素直に感想を述べると、再びクリップボードに「舌の肥えている啓人が言うから間違いなし」と言いながら、そのまんまきっと書きこんでるのであろう。
それって参考になるの??
てか、昨日までろくに食事をせず、見かねた綾子に奢ってもらった牛丼半分だったからかな、やたらと旨く感じる。
俺のフォークはやたらと進んだ。色々吹っ切れて、次のステップが見えたから、と言うのもあるし、何より(理由はどうであれ)
瑠華が笑ってくれた―――
それだけで……ご飯三杯は行ける!(←若干変態ぽいが)てな具合だ。
「値段は¥800
居酒屋のしめメニュー。メニュー名は“ジャージャーパスタ”」
「なるほどぉ、てかネーミングセンスなくね?」
と言うと「ふむふむ」と言いながら桐島はまたもクリップボードに書きこみ
「因みにその名前考えたのイトウくん」と近くに居た一人のスタッフを目配せ。
おい!桐島っ!それを先に言えっ!
イトウくんキマヅくなっちゃったじゃねぇか。