Fahrenheit -華氏- Ⅲ
20XX年12月26日 月曜日
この日も通常通り出勤した。いつもと違う行動をするとどこで二村に勘繰られるか分からねぇからな。
勿論、瑠華もだ。
緑川は始業時間15分前に出勤してきてサンドイッチをテーブルに広げていた所を、俺が隣のパーテーションから覗き込み、
「緑川さん、ちょっといい?」ともうすでに出勤していた二村に聞こえるようわざと大きな声で聞いた。背後で瑠華の視線が俺を捉えているのが分かった。
緑川は「えー、今からですかぁ?ご飯食べようと思ってたのに」と”一応”は文句を並べる。
「今から、だ」と俺はわざと声を低めた。少し怒気を孕んだその言葉に緑川の肩が本気でびくりと震えた気がした。他の面々も何事か顔を見合わせている。だが二村だけは少し違う種類の視線を向けてきた。
「な、何なんですか……葉月何かしました?」と緑川が怯えの混じった顔で俺を見る。全部が全部演技とは思えない程それは自然だった。できるかなぁって心配してた割にはちゃんとしてるじゃねぇかよ。こいつも女優になれるんじゃね?
「いいから、ちょっと来て」と言うと緑川は渋々と言った感じで腰を上げた。
俺と緑川が席を立ち、フロアを出ようとすると二村も腰を上げる気配があった。その様子を瑠華がじっと見つめているとは知らずに。
廊下は始業前だということで人の通りが少なかった。しかし皆無とは言えない。そんな中で俺はファックスで送られてきた用紙を見せると緑川が目を見開いた。フロアの扉がちょっと開き二村が覗き見ているのを背中で感じ取りながら俺は緑川に問いかけた。
「これ、送ったの緑川さんだろ」俺が言うと緑川は慌ててブンブンと顔を横に振った。
「違っ!こんなの覚えがありません!」
「でも北品川のコンビニのファックスから送られてきたんだよ。それに緑川さんは個人的に瑞野さんに恨みがあるようだし」
「恨みなんて!あたしホントに知らない!」
緑川がやや大げさなぐらいの声で叫ぶ。給湯室で社員の為にコーヒーを淹れていた女子社員たちが顔を出したが俺の剣幕を見て、慌てて顔を引っ込ませる。
「何だろ、また外資?」
「でも緑川さんだよ」
とひそひそ声が聞こえてきたが、俺は聞こえないフリを決め込んだ。