Fahrenheit -華氏- Ⅲ
今朝の俺の牽制が効いているのか効いていないのか分からない。しかし俺の行動は気になるみたいだ。
「こっちはそっちと違って、海外相手だからな。あっちの事情でだらだら残業するのが無駄だと踏んだの」俺が若干睨みを利かせて腕を組むと
「そ、そうでしたか」と二村が慌てて顔を引っ込める。
どうやら少しだけ牽制は効いたようだ。
しかし二村はすぐに立ち去らなかった。
「あの、み…瑞野さん」と瑞野さんに声を掛けたが、瑞野さんは聞こえなかったフリをしてバッグを肩に掛けると
「それではあたしはお先に失礼します」と俺たちに一礼して去っていった。
「お疲れ~……」
俺は立ち去っていく瑞野さんの華奢な背中に手を振ったが、彼女は一度も振り向かなかった。
「あの……部長……帰る前に少しお話があるんですがちょっといいですか?」
は?何で俺。
「俺は話すことなんてない。柏木さん裕二と約束あるって言ってったじゃん。先帰っていいよ。佐々木もツレと飯食いに行くんだろ?」
「え?」と佐々木は一瞬きょとんとしたものの、俺たちの中に流れる険悪な雰囲気を察したのか
「そ、そうでした。じゃぁ僕もお先に失礼します」
「私も麻野さんをお待たせしているのでお先に失礼します」と瑠華も律儀に頭を下げ、二人してブースを出て行った。
「で?話って何?」そっけなく聞くと
「あの…」と二村は気持ち悪いぐらい距離を縮めて俺へ近寄り耳元で「あのファックスの送り主、俺だってみゆ……瑞野さんも気づいているんですか」
はぁ。俺は盛大にため息を吐いた。
「知ってるに決まってンだろ」
ここで嘘をついたところで状況が一変するわけでもない。知らないフリをしたところで二村が喜ぶだけだ。それならむしろ二人の女の間でせいぜい機嫌取りがんばるんだな。
「瑞野さんは何て……」
「さぁ、ショックは受けてたみたいだけど?まさかお前がここまでするかって」
「じゃぁ最初は俺じゃないって疑ってたんですね」
「いや、その逆。お前じゃないかって言い出したの瑞野さん」
嘘だけどね。
我ながら心が狭いとは思ったがこれぐらいの意地悪、俺にしたことに比べたら地球とありんこぐらいの大きさだ。
それぐらい俺を怒らせたこと、また瑞野さんも怒っていることを少しは自覚しやがれ。