Fahrenheit -華氏- Ⅲ
二村が分かりやすく落ち込んで肩を落とす。
「今回は流石にやり過ぎだ。まぁお前に張り合おうとした瑞野さんにも問題があるが」
俺もコートを着てビジネスバッグを持って帰ろうかとしていると、コートの裾を掴まれた。
「部長は……あの晩瑞野さんと何もなかったんですか?」
と至極真剣に聞いてきた。
「はぁ?あるわけねぇだろ。俺の気持ちを知っておきながら。また俺を怒らせたいんか」
くるりと踵を返して思わず二村の胸倉を掴んでパーテーションに背中を打ち付けてやると二村は顔を若干青くさせて両手をそろりと上げた。できれば今すぐにでも殴りたかったが、ここで問題を起こすわけにはいかない。まぁもう結構問題にはなってるだろうけど。
俺の心はずっとずっと瑠華にだけ向けられている。いくら嫌われようと、憎まれようと。
それでも
どうしようもなく
好きなんだよ。
「どうしたの?凄い音がしたけど」と顔を出したのは内藤チーフで、俺が二村の胸倉を掴んで睨みつけている俺を見ると慌てて俺たちの間に割り込んできた。
「ちょっちょっと!何してるんですか」何も知らない内藤チーフが慌てて「部長、部長!」と隣のブースを覗いている。この場合の”部長”と言うのは村木のことで、
「何ですか?」と不機嫌そうに顔を出した村木が俺と二村を見て無表情にため息を吐き、腕を組んだ。
「また二村ですか。すみません、神流部長。どうせ二村が何か怒らせることしたんでしょう」
内藤チーフは少し意外そうな顔をして目をパチパチ。まぁ、前は俺たち(村木と俺)犬猿の仲だったしな。ここで俺の肩を持ったのが意外だったのだろう。
「二村、君は何故そう神流部長につっかかるんだ。何か恨みでも?」
全て知っている村木がわざとカマを掛けるように言って
「い、いえ、そんなことは」と二村が小さく頷く。
「二村くんはただ神流部長と仲良くしたいだけなんでしょ?だったらもうちょっとやり方を考えなきゃ」と何も知らない内藤チーフがちょっと同情気味に二村を見る。
仲良くだぁ?あいつは俺を憎んで恨んで―――だから姑息な手を使って俺を陥れようとしている。
それを認めさせてやりたいが、やり方が分からない。まだカードは揃っていないのが事実だ。
「はい、すみません」と二村は内藤チーフの発言に肯定も否定もしなかった。
内藤チーフと村木のお陰で喧嘩両成敗、となった俺はわざと大げさな仕草でコートの襟もとを正すと乱暴にバッグを掴んでブースを後にした。