真昼の星空
肩が触れそうな距離。
同じ画面をのぞき込む横顔。
ふわりと香るシャンプーの匂い。

雅人の喉が、かすかに鳴る。

心臓の音が、陽にまで届いてしまいそうだった。

「まさとくん、写真上手だね」

陽は画面をのぞき込みながら、素直にそう言った。

雅人は少し照れたように笑う

街並み。市場。知らない国の朝焼け。
人の笑顔。石畳。夕暮れの駅。

どの写真にも、その場所の空気がそのまま閉じ込められているようだった。

陽の指が、ある一枚で止まる。

広い丘の上に、静かな夜。
頭上いっぱいに広がる星空。

息をのむほど、きれいだった。

「ようちゃん、星好き?」

隣からやわらかな声が落ちてくる。

陽は少しだけ間を置いて頷いた。

「……うん」

星を見ると、雅人を思い出す。

会えない夜も、苦しい日も、いつも空を見上げて願っていたから。

この写真が欲しい。

そう思った瞬間、自分でも驚くほど胸が高鳴った。
そんなことを言うのは、欲張りすぎるだろうか。

けれど、勇気を出して口にした。

「この写真、欲しいな……」

雅人は少し驚いたあと、すぐに嬉しそうな顔になる。

「え?! いいよ。これだけでいい?」

本当は、雅人が写っている写真も欲しかった。

知らない街で笑っている顔も、旅先での姿も、全部見てみたい。

けれど、その言葉は胸の奥へしまい込み、陽は笑った。

「じゃあ、まさとくんのお気に入りの一枚をください」

雅人は「うーん」と唸りながら、真剣な顔で画面を見つめる。

しばらくして、ふっと口元をゆるめた。

「じゃあ、ようちゃんが寝込んでた間の景色、プレゼントしようかな」

1月1日に撮った写真を見ている。
選ばれたのは、細い路地の先に海と空がのぞく写真だった。

陽の光を浴びた石段。
途中の階段では、猫が気持ちよさそうに寝転んでいる。

やさしくて、あたたかい景色だった。

「ありがとう」

陽は画面を見つめたまま、小さく笑う。

「私、この頃、天井しか見てなかった」

その言葉に雅人も吹き出し、ふたりの笑い声が冬のカフェに静かに広がった。

雅人がふいに顔を上げた。

「LINE、教えてくれる? 写真送る」

その一言に、陽の胸が跳ねる。

ずっと欲しくてたまらなかった連絡先。
雅人も、そうだったのだと知る由もなく。

陽は何でもないことのように「うん」と答え、スマホを差し出した。

雅人の指が画面を滑る。

表示された名前を見て、ふっと笑った。

you moritani

「ようちゃん、森谷さんって言うんだ」

陽も笑う。

「そう。森と谷と太陽」

名前を説明しながら、くしゃりと目尻を下げる。

よく笑う子なんだな、と雅人は思った。

その笑顔を見るたび、胸の奥がじんわり熱くなる。

この子に好かれるやつは、どんなやつなんだろう。

好きな人がいると知って、勝手に失恋した気になっていたことさえ、もうどうでもよかった。

目の前の人が、ただ愛おしい。

LINEの登録を終えると、陽はスマホを受け取り、送られてきた写真を開いた。

「どっち待ち受けにしようかな」

何気なくつぶやく。

雅人は思わず聞き返した。

「え? 待ち受けにしてくれるの?」

陽はきょとんとして、すぐに頷く。

「え? うん。綺麗だから」

星空の写真にするか。
雅人が選んでくれた、海の見える路地の写真にするか。

陽は雅人の隣で真剣な顔をして悩んでいる。

その横顔を見つめながら、雅人の胸に小さな影が差した。

あの星に、誰かのことを祈るのだろうか。

自分じゃない、誰かを。

そんな考えに飲み込まれそうになる。

けれど同時に、陽のスマホの待ち受けが、自分の撮った写真になる。

それだけで、どうしようもなく嬉しかった。

「決めた」

陽はそう言って、星空の写真をスマホの待ち受けにした。

画面いっぱいに広がる、静かな夜空。
無数の光が、小さな手のひらの中で瞬いている。

「こっちはパソコンにする」

もう一枚の、海と空の見える路地の写真を指さして笑う。

雅人はその言葉に、思わず目を細めた。

「なんか……うれしい。ありがとう」

素直にこぼれた礼に、陽は返事もせず、待ち受けになった画面をにこにこと眺めている。

その横顔が、子どもみたいに無邪気で可愛かった。
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