真昼の星空
ふたりで大学までの道を歩いた。

朝の空気はまだ冷たく、並んで歩くたびに白い息が前へ流れていく。

雅人は、すれ違う人たちの視線を時折感じていた。

陽へ向けられる視線だった。

振り返る者。
小さく何かを囁き合う者。
思わず見とれてしまったように立ち止まる者。

けれど陽は、そんなことにはまるで気づいていない様子で、道端の花壇や空の色を見ながら穏やかに歩いている。

その無防備さが、雅人にはたまらなく愛しかった。

途中で友人たちと合流し、ひとり、またひとりと人数が増えていく。

気づけば大学へ着く頃には、朝の通学路はにぎやかな小さな集団になっていた。

陽の友人のひとりが、面白そうにふたりを見比べる。

「え、二人って友達だったの?」

陽は何でもない顔で答えた。

「この前、電車にリュック全開で乗ってて。誰も教えてあげなくて可哀想だったから、教えてあげたの。それで知り合った」

一瞬の沈黙のあと、みんなが吹き出した。

「全開で電車乗るって何してんの!」

「誰にも言ってもらえないの可哀想すぎる」

「陽が教えてなかったら家まで全開だったかもね」

好き勝手言われ、雅人は苦笑いするしかない。

「そんな開いてた?」

「開いてたよ」

陽が真顔で言うと、また笑いが起きた。

朝の光の中で、その笑い声が明るく弾む。

じゃあまたねー、と声を掛け合いながら、男女それぞれの学部へ散っていく。

去っていく陽も、友人たちに囲まれながら笑っていた。

雅人はその背中を見送りながら、胸の奥に静かな熱を感じていた。

ただ一緒に歩いただけなのに、今日はずっと特別な日だった。

広哉と二人きりになると、待っていたように肩をぶつけてきた。

「なに? いい感じなの?」

雅人は鞄を持ち直しながら、少しだけ口元をゆるめる。

「朝、駅で会った」

「ふーん。よかったね」

広哉はにやにやしながら歩幅を合わせる。

「それだけ?」

雅人は一瞬ためらったあと、何でもないふうを装って言った。

「LINE交換できた」

けれど、その顔には嬉しさが隠しきれていなかった。

広哉は思わず吹き出す。

「へー」

わざと間を置いて、横から覗き込む。

「話なら聞くけど?」

聞きたくて仕方ない顔だった。

雅人は即答する。

「大丈夫」

「なんでだよ!」

広哉が大げさに肩を落とす。

「お前、失恋したみたいな顔してた時、慰めてやったのに」

雅人は笑いをこらえきれず、小さく吹き出した。

「そうだっけ?勝手に騒いでただけだろ」

「落ち込んでたくせに!」

冬のキャンパスに、二人の声が明るく響く。

雅人の足取りは、いつもより少し軽かった。


陽も、雅人と別れてからずっと、さっきまで一緒にいた時間を思い返していた。

並んで歩いた道。
向かい合って座ったカフェ。
隣でのぞき込んだ写真。
笑った声。やさしい声。

思い出すたび、人知れず胸が高鳴る。

考えすぎて食べられなくなって、体調まで崩して。
遠くから姿が見られるだけでよかった、そんな人と。

今日、自分は向かい合って話していた。

連絡先まで交換してしまった。

時間さえ許せば、まだまだ話していたかった。

スマホを開けば、待ち受けには雅人が撮った星空の写真がある。

夢なのかな、と本気で思う。

陽は画面を見つめて小さく笑った。

けれど次の瞬間、顔が熱くなる。

どさくさに紛れて、

「まさとくんの彼女になれる人は幸せだね」

なんて言ってしまった。

どうしてあんなことを口にしたんだろう。

あの時、雅人がどんな顔をしたのか見る勇気はなかった。

慌てたふりをして時計を見て、逃げるようにカフェを出た。

恥ずかしい。
思い出しただけで叫びたくなる。

でも、少しだけ。

ほんの少しだけ、伝わっていたらいいのに、とも思ってしまう。
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