真昼の星空
電車を乗り継ぎ、展望台まで上がる。

窓の向こうには、ちょうど昼と夜の境目の時間が広がっていた。

西の空には、昼の名残のオレンジ。
その下に、黒く沈み始めた街。
遠くには、富士山の影が静かに浮かんでいる。

「すごい……」

陽は思わずスマホを取り出し、夢中で写真を撮った。

やがて空はゆっくりと夜へ変わっていく。

薄く光る三日月。
まばらに瞬く星。
どこまでも続く東京の夜景。

二人は並んで、その移ろう景色を見つめていた。

沈黙なのに、少しも気まずくない。

隣にいることが、ただ自然だった。

しばらくして、雅人が大きく息を吐く。

胸の奥で何度も迷った言葉を、ようやく口にしようとしていた。

「ようちゃん」

雅人の声に、陽が振り向く。

「ん?」

まっすぐ向けられた視線に、雅人は一瞬だけ目を逸らしそうになった。
けれど逃げずに、その瞳を見つめ返す。

もう、ごまかしたくなかった。

「さっき、俺のいいところたくさん言ってくれたでしょ」

陽は不思議そうに瞬きをする。

「だから、俺もようちゃんの好きなところ言います」

「え……?」

夜景の光が、陽の横顔をやさしく照らしていた。

雅人はゆっくりと言葉を重ねる。

「自分の意志をちゃんと持ってるところ」

「姿勢がいいところ」

「柔らかい髪の毛」

「子どもみたいに笑うところ」

陽の目が少しずつ揺れていく。

「みんなに好かれてるところ」

「努力するところ」

「綺麗で、可愛くて」

雅人は小さく笑った。

「いつも、俺の視線を独り占めするところ」

陽の唇がかすかに震える。

「ようちゃんの、全部が大好き」

その言葉だけは、迷いなく真っ直ぐだった。

東京の灯りが、遠くで瞬いている。

「もし、辛い片思いをしてるなら」

雅人は声を落とした。

「その人のこと思ったままでいいから、俺のところに来てほしい」

陽の瞳に涙がにじみ始める。

「もし、その人とうまくいきそうなら」

胸が痛んでも、言い切った。

「その時は、いつでもそっちに行ったっていい」

少しだけ息を吸う。

そして、ずっと隠していた本音を告げた。

「ようちゃんの名前を知る、ずっと前から」

「ようちゃんのことが好きでした」

言い終えた瞬間、世界が静まり返った気がした。

陽はその場で立ち尽くし、胸元を押さえる。

「ちょっと待って……」

震える声だった。

「息が、できない……」

心臓が壊れてしまいそうだった。

目の前に広がる夜景が、あふれた涙で滲んでいく。

胸が苦しくて、うまく息ができない。

陽は胸元を押さえたまま、その場に立ち尽くしていた。

「大丈夫?」

雅人が慌てて腕を支える。

「驚かせてごめん」

その声が届く頃には、陽の目から涙があふれていた。

ぽろぽろと頬を伝い、止まらない。

雅人は戸惑いながら、その顔をのぞき込む。

「ようちゃん……?」

陽は何度か浅く息を吸い、震える声で言った。

「願い事が、叶った」

「え?」

「叶った……」

涙まじりに、繰り返す。

雅人には意味がわからない。

胸が騒ぐのに、まだ確信が持てない。

「ごめん、どういうこと?」

陽は目元をぬぐい、大きく息を吐いてから、やっと顔を上げた。

「ずっと……まさとくんのこと、好きだったの」

時間が止まったようだった。

「え?」

雅人の声が裏返る。

「ずっとって、いつ?」

陽は泣きながら、少し笑う。

「入学してすぐ」

「……待って」

雅人は思わず一歩下がった。

「話したこと、あった?」

「ない」

陽は首を横に振る。

「いつの頃からか、見かけると目で追うようになって」

その言葉に、雅人の頭の中で過去の景色が一気につながっていく。

講堂で見た横顔。
電車で感じた視線。
星空を見上げる後ろ姿。

「ちょっと待って……」

雅人は額に手を当てた。

「いつも星に願ってたり、さっき神社で……」

陽は小さく頷く。

「うん」

涙で濡れたまま、まっすぐ見つめる。

「まさとくんのこと」

雅人の呼吸が止まりそうになる。

陽は恥ずかしそうに笑って、最後の秘密を打ち明けた。

「彼女、できませんようにって」


雅人は言葉を失った。

そのあと陽は、ぽつり、ぽつりと話し始めた。

星空と、星が舞い降りたような夜景を見つめながら。

雅人の姿を見られるかどうかで、一喜一憂していたこと。

神社でも、星空の下でも、
7が四つ並んだナンバーを見つけても、

名前も知らないあの人に、恋人がいませんようにと願っていたこと。

夏休みが長すぎて、会えなくてつらかったこと。

リュックの時、振り向いた相手がずっと好きだった人で、息が止まるほど驚いたこと。

名前を呼んでもらえて、何日も嬉しかったこと。

冬休み、会えなくて苦しくて、食べられなくなって体調まで崩したこと。

星の写真をもらえて、宝物みたいに嬉しかったこと。

ひとつ話すたびに、陽の頬を涙が伝う。

雅人は何も言わず、静かに聞いていた。

その長い片想いの時間を、

たった今、初めて受け取るように。
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