真昼の星空

Nocturne

Nocturneの扉を開けた瞬間、雅人は少しだけ息を整えた。

ワインの入った木箱が、思っていたより重かったからではない。
この店に来ると、いつも少しだけ背筋が伸びるからだった。

「マスター、遅くなってすみません」

カウンター越しに頭を下げる。

「いえ、お待ちしてました」

落ち着いた声が返る。

その時、奥の席から声がした。

「雅人さん、お疲れ様です」

振り向くと、佐伯旬がいた。隣には妻の希。

「あ、佐伯さんでしたか。お疲れ様です」

少しだけ空気が柔らぐ。

旬はグラスを傾けながら希に言った。

「2年前から彼がイタリアから持ってくるワイン入れてるの。俺気に入っちゃって」

希は柔らかく微笑む。

「そうなんですね。お世話になってます。妻の希です」

雅人は丁寧に頭を下げた。

「こちらこそ、佐伯さんには大変お世話になっております。藤堂雅人です」

一瞬、何か言いかける。

「あの……」

でもやめる。

「あ、いや、なんでもないです」

旬が笑う。

「気になりますよ、そこまで言われたら」

雅人は少し照れたように言った。

「すみません……奥様ってMinoの……?」

希の目が丸くなる。

「あ、はい。ご存知ですか?」

「僕は日本のことまだ疎くて全然知らなかったんですが……
彼女が持ってきた荷物の中にMinoのロゴがあって。
良さそうだったのでプレゼントしようと思って調べたら、バッグも服もリップもほとんどMinoで……」

旬がいたずらっぽく口を挟む。

「雅人さん、それって下着ですか?」

希も笑っている。

雅人は観念したように笑った。

「そうなんですよ。着心地いいって気に入ってるみたいなんですけど……なんていうか、こっち側もいいというか……俺何言ってんだろ」

旬は満足そうに言う。

「希、良かったね。ちゃんと伝わってる」

希は本当に嬉しそうだった。

「生の声初めて聞けて感動してます」

旬は続ける。

「あの下着、そこまで計算して作ったんですよ」

雅人は納得したように頷いた。

「あー……そうなんですね。どおりで……」

少しして旬が言った。

「雅人さん、この後お時間あれば一緒に飲みませんか?」

雅人は少し遠慮する。

「お邪魔じゃありませんか?」

希がすぐ言う。

「ぜひ。彼女さんも良かったら呼びません?」

雅人は少し嬉しそうに頷いた。

「じゃあ、せっかくなんで遠慮なく」

スマホを取り出す。

――ここで待ってるね。

そうLINEを送る。

旬が聞いた。

「彼女さんとはどのくらいお付き合いされてるんですか?」

雅人は少し照れながら答えた。

「実は……25で別れて、先日偶然再会しました。それからまた10年振りに付き合う事になって。」

その表情は隠しようもなく幸せそうだった。

旬と希は顔を見合わせる。

歩のことが一瞬よぎる。

でも興味の方が勝った。

「10年間連絡は?」

「全く」

雅人はあっさり言った。

「彼女消息不明になってしまって。僕もずっと海外行ってたし…帰国する度ずっと探してたんですけど見つからなくて」

そして少し笑う。

「先日乗った新幹線で偶然席が隣でした」

希は素直に驚いた。

「すごい……そんなことってあるんですね」

「彼女さんお仕事は?」

「毛糸屋と編み物教室やってて、本も何冊か出してるみたいで、今日は新刊の打ち合わせみたいです。この近くの出版社で。」

「えー!素敵!」

その時だった。

店の扉が開いた。
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