気付けば、隣にいた - 無愛想な同居人は、不器用に優しい。 -
人混みの向こうで、茉桜が立ち止まった。
さっきまで奈瑠と笑いながら歩いていたのに、急に動きが止まる。
視線の先を追う。
そこにいた男と、茉桜の目が合った。
……知り合いか。
茉桜はすぐに視線を逸らし、そのまま通り過ぎようとする。
その時だった。
「茉桜」
男が茉桜の名前を呼んだ。
茉桜の肩が小さく揺れる。
隣にいた奈瑠が、茉桜の腕を掴んだ。
何かを気遣うように、守るように。
そんな仕草だった。
「……茉桜」
男はもう一度名前を呼ぶ。
茉桜は小さく頷いたように見えた。
何を話しているのかまでは聞こえない。
でも、表情は、さっきまでとはまるで違っていた。
「久しぶり」
男が笑う。
奈瑠が茉桜の腕を引く。
歩き出そうとした、その時。
「ちょっと待って」
男が呼び止める。
奈瑠が振り返った。
離れていても分かるくらい、その表情は険しかった。
何か言葉を返している。
男も何かを言う。
しばらく2人が言葉を交わしたあと、茉桜が奈瑠に何かを伝えた。
奈瑠は納得していないような顔のまま、小さく頷く。
そして。
真田は男の方へ歩いていった。
隣で逸晟が首を傾げる。
「……知り合い?」
その問いに答えたのは、奈瑠だった。
「元彼、茉桜の」
その一言だけで十分だった。
「……え」
逸晟の声が小さく漏れる。
元彼。
その言葉だけが頭の中に残る。
別に。
茉桜が誰と付き合っていたとか、そんなことはどうでもいい。
……どうでもいいはずなのに。
目の前であいつが知らない男と並んで歩いている。
それだけで、胸の奥がざわつく。
理由なんて分からない。
分からないまま、俺は2人の後ろ姿から目を離せなかった。