気付けば、隣にいた - 無愛想な同居人は、不器用に優しい。 -
「ただいま」
玄関の扉を開ける。
「おかえりー!」
リビングから希遥さんの明るい声が聞こえた。
「今日は鍋だよ!」
「やった……」
返事をしたつもりだった。
でも、自分でも驚くくらい声に元気がなかった。
コートを脱ぎ、リビングへ入る。
テーブルには鍋の準備が並び、柊弥さんが野菜を切っている。
想くんはダイニングテーブルで模型を広げたまま作業中だった。
「茉桜、おかえり」
「おかえり」
みんながいつも通り迎えてくれる。
なのに私の頭の中には、大学で見た湊都の姿が何度も浮かんでは消えていた。
どうしてうちの大学にいたんだろう。
偶然?
……本当に?
「あれ」
希遥さんが私の顔を覗き込む。
「茉桜ちゃん、どうしたの?」
「え?」
「さっきからずっと難しい顔してる」
「…そんな顔してた?」
「してるしてる」
柊弥さんも包丁を置いてこちらを見る。
「大学で何かあった?」
「いや……」
反射的に首を振る。
「何でもないです」
「何でもなくない顔だけど」
希遥さんが心配そうに眉を下げる。
「誰かと喧嘩した?」
「してないですよ」
「課題?」
「それも違います」
「じゃあ何?」
答えられない。
もし本当に偶然だったら。
みんなに話して心配させるだけになる。
そう思うと、言葉が喉で止まってしまう。
「……ちょっと疲れただけ」
ようやく絞り出した言葉に、希遥さんはまだ納得していない様子だった。
その時だった。
「茉桜」
想くんが不意に名前を呼ぶ。
顔を上げると、いつの間にか作業の手を止め、まっすぐこちらを見ていた。
「本当に何でもない?」
静かな声だった。
問い詰めるような言い方ではない。
ただ、確認するような口調。
その一言に、胸の奥が少しだけ揺れる。
「……うん」
小さく頷く。
想くんは数秒だけ私を見つめると、「そうか」とだけ言って、再び模型へ視線を戻した。
でも、その横顔はどこか納得していないように見えた。