気付けば、隣にいた - 無愛想な同居人は、不器用に優しい。 -
「離して」
思わず声が震えた。
掴まれた手首を引こうとする。
でも、湊都の手は離れない。
「ちょっと話すだけだから」
「話したくない」
「5分でいい」
「嫌」
何度首を振っても、湊都は手を緩めようとしなかった。
「お願いだから」
「もう一回だけ考えて」
「俺、本当に変わったんだ」
「……」
変わった。
その言葉を聞くたびに、胸の奥が苦しくなる。
もし本当に変わっていたとしても。
あの日、傷付いた気持ちは消えない。
信じようとしていた自分も、泣きながら帰った夜も。
全部、なかったことにはできない。
「離して」
もう一度言う。
今度は少しだけ強く。
「お願い」
「茉桜」
「離して!」
思わず声が大きくなる。
近くを歩いていた人が、何人かこちらを振り返った。
それでも湊都は手を放さない。
「そんなに嫌なの?」
「……嫌」
「俺じゃだめ?」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ何?」
答えたくないし、答える必要もない。
私が黙っていると、湊都は少しだけ力を強めた。
「痛っ……」
思わず顔をしかめる。
「ごめん」
そう言いながらも、手は離れない。
謝るなら。
離して。
その言葉だけが頭の中をぐるぐる回る。
周りには人がいる。
でも、誰も近付いてこない。
ちらりとこちらを見るだけで、そのまま通り過ぎていく。
怖い。
逃げたい。
どうしよう。
その時だった。
「――離せ」
低く、よく通る声がした。
私の手首を掴む力が、ぴたりと止まる。
聞き慣れた声だった。
振り返るより先に分かった。