気付けば、隣にいた - 無愛想な同居人は、不器用に優しい。 -
湊都が背を向ける。
その姿を、私は黙って見つめていた。
昔なら追いかけていたかもしれない。
「待って」
そう言って。
もう一度だけ話そうとして。
もう一度だけ信じようとして。
でも今は違った。
胸は痛い。
苦しくないわけじゃない。
大切だった時間を、簡単に消せるわけじゃないから。
それでも。
「……終わったんだ」
小さく呟く。
その瞬間。
張り詰めていたものが、一気に抜けた。
「……っ」
視界が少し滲む。
泣くつもりなんてなかった。
もう大丈夫だと思っていた。
でも怖かった。
また追いかけられるかもしれないこと。
また傷付くかもしれないこと。
ずっと心のどこかで怯えていた。
「茉桜」
その声に、肩が跳ねる。
振り返る。
「……想くん?」
黒いリュック。
少し乱れた髪。
いつもの無表情。
でも目だけは、いつもより優しかった。
「……いつから」
「途中から」
短い返事。
「聞いてたの?」
「少しだけ」
気まずい沈黙。
「ごめん」
「何で謝る」
「……」
「茉桜は何も悪くない」
その言葉が、胸に響いた。
「でも」
「怖かっただろ」
図星だった。
大丈夫なふりをしていた。
平気な顔をしていた。
でも。
本当は。
「……怖かった」
やっと口にできた。
「また来たらどうしようって」
「また何か言われたらって」
「ずっと怖かった」
想くんは何も言わなかった。
ただ。
少しだけ近くに立った。
「でも」
私は涙を拭う。
「もう大丈夫」
「ちゃんと終わらせたから」
想くんは、しばらく私を見る。
そして。
「うん」
小さく頷いた。
「頑張ったな」
その一言でまた涙が溢れそうになる。
褒められると思っていなかった。
励まされると思っていなかった。
ただ分かってくれた。
それだけで、十分だった。
「帰るぞ」
「……うん」
歩き出す。
でも。
いつもと少し違った。
隣を歩く距離がほんの少しだけ近い気がした。
冬の冷たい風が吹く。
それでも不思議と寒くなかった。