気付けば、隣にいた  - 無愛想な同居人は、不器用に優しい。 -
9.春、隣にいる理由。

春休み



春休み。

大学へ行く必要がなくなった桜ノ木ハウスは、いつもより少し静かだった。


「……なんか変な感じ」


朝、リビングへ降りると、私は思わず呟いた。

いつもなら誰かの起きる音。

キッチンから聞こえる食器の音。

希遥さんの明るい声。

そんな日常がある。

でも。


「みんな予定あるからね」


柊弥さんがコーヒーを飲みながら笑う。


「柊弥さん仕事ですもんね」

「うん」

「社会人って凄いな〜」


都庁に就職した柊弥さんは、毎日決まった時間に起きて、ネクタイを締めて家を出ている。

大学生とは、やっぱり別世界にいるようだ。


私と想くんは、3年生になる。

大学へ入学した時は、まだ何も分からなくて。

新しい環境に慣れるだけで精一杯だった。

でも気付けば、この家で暮らし始めて。

たくさんの人と出会って。

いろんな出来事があった。


「茉桜ちゃんは?」


希遥さんがキッチンから顔を出す。


「今日は?」

「私は課題の整理です」

「真面目〜」

「教育実習の準備もあるので」

「先生になるんだもんね」


そう言われると、少し照れる。


「ちゃんと先生になれるかな」


ぽつりと漏らすと。


「茉桜なら大丈夫」


すぐに希遥さんが答えた。


「優しい先生になると思うよ」

「……ありがとうございます」


こういうところだ。

希遥さんはいつも、迷っている時に欲しい言葉をくれる。


「想は?」


柊弥さんが聞く。


「もう出た」

「早」

「建築の課題じゃない?」

「春休みなのに大変だねぇ」


その名前が出ただけで。

なぜか少しだけ意識してしまう。


「……」


自分でも不思議だった。

冬までとは違う。

湊都とのことが終わって。

想くんに助けてもらって。

あの日から想くんを見ると。

前とは少し違う気持ちになる。

でも、それが何なのか、まだ、私には分からなかった。


「茉桜ちゃん?」

「え?」

「今、想のこと考えてた?」

「え!?」

「顔に出てた」

「出てません!」


慌てて否定すると、希遥さんと柊弥さんが笑う。

春の暖かな風が、窓から少しだけ入り込む。

もうすぐ桜がく季節になる。


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