気付けば、隣にいた - 無愛想な同居人は、不器用に優しい。 -
帰る場所
夕方。
春と初夏の間みたいな、少しだけ暖かい風が吹いていた。
4月の慌ただしさはいつの間にか落ち着いていて、大学の桜もすっかり緑色に変わっている。
気付けば、桜ノ木ハウスに引っ越してから1ヶ月近く経っていた。
「ふぅ……」
教育学概論のレポート提出。
指導案のグループワーク。
来月には模擬授業もある。
大学二年生になってから、思っていた以上に毎日が忙しい。
今日は図書館に残っていたせいで、帰りが少し遅くなってしまった。
駅から桜ノ木ハウスまでの帰り道。
夕焼けが少しずつ藍色に変わっていく空を見上げながら、ゆっくり歩く。
一人暮らしをしていた頃。
誰もいない部屋に帰るのが普通だった。
「ただいま」って言っても返事はないし、今日あったことを話す相手もいない。
それが当たり前だった。
でも最近。
大学が終わると、自然と家に帰ろうって思うようになっている。
玄関を開けたら誰がいるかな、とか。
今日は希遥さんいるかな、とか。
柊弥さん、まだ帰ってないかな、とか。
……想くんは、相変わらず感じ悪いんだろうな、とか。
ふふ、と少し笑ってしまう。
前までは、「家に帰る」だった。
今は、「桜ノ木ハウスに帰る」。
そんな風に思っている自分がいる。
見慣れた白い外壁が見えてくる。
窓から漏れるオレンジ色の灯り。
誰か、帰ってるんだ。
そう思ったら、なんだか少しだけ足が速くなった。