繋ぐ手は何度でも
不在証明
あれから三日が経った。
ドリップした濃い目のコーヒーに少し多めの牛乳。
ガムシロをひとつ落として、マドラーで濁らせる。
今日は金曜日だ。
夜、十八時には彼が帰ってくる。
ーーそんな習慣がまだ身体に残っていた。
金曜の夜から月曜の朝、
彼はいつもうちに居た。
大阪の支店へ二ヶ月の出張となった彼は
「この大仕事が終わったら俺も落ち着くから」と言っていた。
この出張が終わったら有給消化のために一週間の休みを作るから旅行に
なんて子供のように小指を絡めた。
ーーその出張を、まだ半月残した頃だった。
突然帰ってきた彼に、私はフラれた。
それなのに。
夕飯の買い物へ行こうとしている自分が居る。
彼の好きなグラタンの材料を買わなければ、と思った。
コーヒーを飲むための牛乳も、明日の分には全然足りない。
前にリクエストされた時はチキングラタンだった。
今日は海鮮でもいいかもしれない。
エビグラタン。
それとも牡蠣。
大仕事を終えて帰ってくるのだから、少しくらい豪勢でもいいだろう。
私はビール、彼は洋酒を好んで飲む、
少し良いワインを買うのもありかもしれない。
ーーそこまで考えてから、ようやく気付く。
もう、帰って来ない。
静まり返った部屋の中、ひとり分のカフェラテから白い湯気が立っていた。
(馬鹿だな)と笑ってしまった。
握るマグカップは温かいのに
座るソファの、右隣は温かくない
暖かくならないのだ、もう、二度と。
左利きの癖になぜか私の右側に居たがるせいで、
伸ばす腕がぶつかってしょうがない。
ご飯は食べにくいし、カップは握りにくい。
それでも、
私の左肩に回る彼の左腕に絆されて、
私のスマホを一緒に覗き込む
テレビを見る
漫画を読む
彼のするゲーム画面を覗き込む
あの時間が好きだった。
そのうち彼の腕に導かれて
私の特等席である膝の上へと落ち着くのだ。
テディベアのように抱き込まれて
下手くそな鼻歌を歌いながら
ご機嫌に身体を揺らす。
心地良い揺れに瞼が落ちそうになる。
それなのに、下手くそな鼻歌が可笑しくて、私は堪えきれずに声を上げて笑った。
耳だけを赤くした彼を見て、もっと笑う。
そして今度は、彼の鼻歌を私が真似して歌うのだ。
あの日の音楽室を思い出しながら。
「ピアノがあればなぁ」
ぽつりと零した彼に、
「ギターとかどう?」
と返せば
「それもありだな。練習するか」
なんて、持ってもいないくせに言うのだ。
楽器がてんで駄目な私と、ピアノが弾ける彼。
「今度実家行こう。ピアノ弾くから歌ってよ。母さんも会いたいって言ってたし」
「そこはママメインじゃないの?」
「いや、ついで。メインはピアノ」
真顔で言うものだから、また笑ってしまった。
ドリップした濃い目のコーヒーに少し多めの牛乳。
ガムシロをひとつ落として、マドラーで濁らせる。
今日は金曜日だ。
夜、十八時には彼が帰ってくる。
ーーそんな習慣がまだ身体に残っていた。
金曜の夜から月曜の朝、
彼はいつもうちに居た。
大阪の支店へ二ヶ月の出張となった彼は
「この大仕事が終わったら俺も落ち着くから」と言っていた。
この出張が終わったら有給消化のために一週間の休みを作るから旅行に
なんて子供のように小指を絡めた。
ーーその出張を、まだ半月残した頃だった。
突然帰ってきた彼に、私はフラれた。
それなのに。
夕飯の買い物へ行こうとしている自分が居る。
彼の好きなグラタンの材料を買わなければ、と思った。
コーヒーを飲むための牛乳も、明日の分には全然足りない。
前にリクエストされた時はチキングラタンだった。
今日は海鮮でもいいかもしれない。
エビグラタン。
それとも牡蠣。
大仕事を終えて帰ってくるのだから、少しくらい豪勢でもいいだろう。
私はビール、彼は洋酒を好んで飲む、
少し良いワインを買うのもありかもしれない。
ーーそこまで考えてから、ようやく気付く。
もう、帰って来ない。
静まり返った部屋の中、ひとり分のカフェラテから白い湯気が立っていた。
(馬鹿だな)と笑ってしまった。
握るマグカップは温かいのに
座るソファの、右隣は温かくない
暖かくならないのだ、もう、二度と。
左利きの癖になぜか私の右側に居たがるせいで、
伸ばす腕がぶつかってしょうがない。
ご飯は食べにくいし、カップは握りにくい。
それでも、
私の左肩に回る彼の左腕に絆されて、
私のスマホを一緒に覗き込む
テレビを見る
漫画を読む
彼のするゲーム画面を覗き込む
あの時間が好きだった。
そのうち彼の腕に導かれて
私の特等席である膝の上へと落ち着くのだ。
テディベアのように抱き込まれて
下手くそな鼻歌を歌いながら
ご機嫌に身体を揺らす。
心地良い揺れに瞼が落ちそうになる。
それなのに、下手くそな鼻歌が可笑しくて、私は堪えきれずに声を上げて笑った。
耳だけを赤くした彼を見て、もっと笑う。
そして今度は、彼の鼻歌を私が真似して歌うのだ。
あの日の音楽室を思い出しながら。
「ピアノがあればなぁ」
ぽつりと零した彼に、
「ギターとかどう?」
と返せば
「それもありだな。練習するか」
なんて、持ってもいないくせに言うのだ。
楽器がてんで駄目な私と、ピアノが弾ける彼。
「今度実家行こう。ピアノ弾くから歌ってよ。母さんも会いたいって言ってたし」
「そこはママメインじゃないの?」
「いや、ついで。メインはピアノ」
真顔で言うものだから、また笑ってしまった。