君の不器用な願い事は、ただ真っ直ぐに紡がれる。

私が消えても、悲しむ人はだれ1人いないよ。

チャイムが鳴り、みんなが席に着く。


それにしても。

私は頬杖をつきながら窓の外を見やる。

常磐さんのお姉ちゃん、その時、どんな気持ちだったんだろう。

復讐したい?それとも、投げやりになってた?後は野となれ山となれって。

聞いてみたくなるけれど、もう天国へ行っちゃってるんだから、聞きようがない。

「……さん、のさん……、しのさん……、星野さん?!聞いてる?今は作文書く時間だよ」

はっ。

「考え事してました。すみません」

「いやぁ、最近ぼーっとしてるからさ、心配になってたんだよ」

「ありがとうございます」

頭を切り替え、鉛筆を動かし始めた。

テーマは、『将来の夢』。あるあるじゃん。

「あの、質問していいですか」

「どうぞ」

「将来の夢って、大人になってからって事ですか」

クラスメートの1人が質問する。確かに、それは私も気になってはいた。

私は、大人になんてなれやしないけれど。余命っていう、時間がある。

「いやぁ、大人じゃあなくてもいいんだよ」

へえ。


あ、そういえば、先生にも、病気の話はしていない。


いや、別に、みんなを悲しませないようにどこか遠くへ引っ越すとかしなくていい。

私が消えて悲しむ人は、だれ1人いないよ。

下手に作文で病気がバレちゃ困る。適当に、やっぱり、未来にはない大人の夢を書こう。

『私は、小説家になりたいです。』

常磐さんのお姉ちゃんと一緒。でもパクってはない。

『小さい頃から、本を読むのが大好きだからです。本を読むと、辛いことも悲しいことも忘れられます。登場人物と自分を重ね合わせて読んでみて、新しい自分に気が付いたりもできます。』

今、私に降りかかっているたくさんの不幸が、本で解決できたらいいのにな。

『本に触れ始めたのは、私の兄の影響です。兄が、楽しそうに本を読んでいて、その顔がとてもキラキラ眩しかったんです。だから私も、本という宝物に出会うことができました。』

そう。本は、私の毎日を、陰ながら支えてくれたんだ。

『野いちごっていう、小説投稿サイトのコンテストに何回も何回も応募して、技術を磨いていきました。もう何回応募したか分からないくらいだった時、受賞することが出来ました。大賞、の二文字が目に映った時、編集部さん達からのコメントを見た時、家族が良かったねって言ってくれた時、全てが幸せでした。』

『本は、私を支えてくれた、良き友達です。』

そこまで書き終えると、手汗がすごかった。小説家の夢は、嘘じゃない。だから、今日家に帰ってからも、書き続ける。


提出すると、先生が、綺麗な字だねと言って褒めた。褒めてくれたと表記していないのは、別に私が褒められたことに幸せと感じていないから。

「先生、読んでみたよ。本への情熱が伝わりました」

「ありがとうございます」

「今日の作文発表会で発表して」

え?サクブンハッピョウカイ?作文発表会?

聞いたことないんですけど。しかも今日の行事にいきなり発表って……。練習も何もしてない。

「ええと、先生。その行事の名前を聞いたのは、初めてです。それに、まだ、練習も何もしてないですよね」

「お願いね」

腹黒爽やか?な笑みを浮かべる先生と、自分の作文用紙を交互に見る。

「今日の部活は全部なしで、その時間に全員がホールに集まって発表者の発表を聞き、投票するんだ。もちろん宣伝もあり。ちなみに、ウチのクラスからは神楽坂さんも発表する」

綺花ちゃんもするのか。

「神楽坂さん家はお金持ちだ。会社を立派にしていきたい、みたいなことを、まだ中学生なのに書いてる。素晴らしいよな」

「へ、へえ。なるほど。神楽坂さんの発表が楽しみですねっ」

「あはは、星野さんも分かってくれるか。神楽坂さんは勉強もスポーツもできる超万能美少女だからな」

「で、では、練習時間はいつ」

それがな……と先生は頭を掻く。嫌な予感だ。

「リハーサルもなし、本番だけだ」

まあ、想定内。だと思う。

「分かりました」


ついに、本番の時がやってきた。

次々と作文を読み上げる生徒達。だれもが楽しそうに発表している。

私の番が来る。途中までは、良かった。

でも、綺花ちゃんと視線が合うと怖くなって、ついつい声が小さくなる。

頑張れ、星野薫。綺花ちゃんなんかに負けるな。

本は、私を支えてくれた、良き友達です。心の中で繰り返し、しめる。

ふぅ。大きく息を吐いた。緊張してガチガチ。上手く喋れてたか、それだけが心残り。


すると、常磐さんがグッジョブのポーズをしてくれた。ふふっ。可愛いとこあるじゃん。


『では、結果発表をしていきます。優勝は……』


多分綺花ちゃんだろう。男女問わず人気、先生にも信頼されている綺花ちゃん。

私みたいな人は、ごく僅かしか票は入らない。常磐さんも綺花ちゃんのことが気に入って。私が綺花ちゃんに意地悪されてることも知らずに。綺花ちゃんに一票入れよう!!って、心の中で叫んでるはずだ。


グッジョブしてくれたけどさ。美少女な綺花ちゃんには、勝てっこないんだよ。


『2人います』

2人もいるのっ⁈

綺花ちゃんは確定の優勝。残りの1人は……。


『その2人を発表します。1人目、神楽坂綺花さん、中学3年生。題名は、『会社を大きくするために』です。神楽坂さんは、皆さんも知っている通り、大きな会社、神楽坂グループのご令嬢です。多額の寄付もされています』

これ、宣伝じゃん。

『2人目です。常磐颯さん』

常磐さん!私もちょっと嬉しくなる。


『常磐さんの題名は、『ある1人の人へ』。読んでみたくなる作文です。その、ある1人の人とは、作文にも書かれていません。でも、その人に対する切実で暖かいおもいが伝わってきました』


ある1人の人って、だれ?お姉さんだったりするかな?


『今年度の作文発表会は、特別にこのお2人に、読んでもらいます。まず、神楽坂さん』


「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁ!」」」」」

「「「「「綺花ちゃんかわいい!」」」」」

女子と男子、両方の大声。常磐さんは虚無の顔。



綺花ちゃんが読み終わる。大きな拍手。黄色い悲鳴も聞こえる。



次は、常磐さんの番。



「題名、ある1人の人へ です」

「この作文を読んでいる今も、忘れられない人なんです。恋愛ではなくて、家族です。僕には、4歳年上の姉がいました。でも、色々あって、亡くなってしまいました。姉は、目標に向かってたくさん努力して、たくさん泣いて、たくさん笑っていました。その顔が、その真剣さが、僕の心には刻みつけられました。亡くなったっていうのは……。事故じゃありません」


その場の雰囲気が重くなる。私は慣れっこ。

「事件でもありません。……姉は、人によって、殺されました」

「これ、どういうことか分かりますか?」

みんなが口々に言う。

「事故でも事件でもないのに、人に殺された?」「そんなことある?」


みんなは知らないから、無責任に言えるんだよ。この苦しみに、耐えてみた経験がないから、こんな風に考えられるんだよ。


「それは、言いません。上から目線ですみません。でも、宿題にします。皆さんが死ぬまでが期限です。……もう、答えが分かった人もいるかもしれませんね。もう一つ宿題です。今自分がしていることは、間違っていないか。これくらいいいっしょって思ったことが、本当にいいのか。考えてみて欲しいです」


小さな拍手が聞こえる。そりゃそうだろう。こんな重たい空気の中、パチパチ元気よく手を叩けるわけがない。


『それでは、以上です。教室が一番上の、中学3年生と高校3年生から退場して下さい。次は、中学2年生と高校2年生、最後は中学1年生と高校1年生です』


みんな退場していく。人混みに消えそうになった自分の影を、自分で踏みしめるようにしながら。


常磐さんに向かって、ペコっとお辞儀をした。

常磐さんも、手を振ってくれた。


この複雑な気持ち。


嬉しいのか悲しいのか分からない気持ち。


でも涙は延々と零れるの。


私が消えても、悲しむ人はだれ1人いないよ。やっぱりそう思っちゃう自分がいる。
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