大正ハイカラ娘・朝霧すみれと新聞記者・小田切レンは謎を解く~傷だらけの花嫁は、もう一度恋をする
第2話 小田切犯人をつきとめる
洋子さん。
その名前が出た瞬間。
部屋の空気が、
ぴたりと止まった。
若い女中は、
しまったという顔をする。
「ま、待ってください……!」
慌てて口を押さえる。
「わたくし、何も言っておりません!」
「どうか、ご内密に……!」
すると。
「大丈夫」
小田切さんが、
やわらかく笑った。
そして、
少しかがむ。
目線を合わせた。
「ボク、女性の秘密は守る主義なんだ」
低くて、
安心する声。
「記者ですけどね」
……いや。
それ、いちばん信用ならない肩書き。
私はじろっと見る。
けれど。
女中の顔は、
少しずつ緩んでいた。
「もし協力してくれたら」
ーーーーーーー
「馬車道通りの焼き菓子だけじゃない」
いたずらっぽく笑う。
「横浜一の珈琲もつける」
「女学生さんたちの間で評判の店だ」
女中の目が、
ぱっと明るくなる。
「えっ……!」
「し、知っています……!」
……うまい。
この人。
女性が喜ぶもの、
全部わかってる。
「洋子さんは」
女中が声を潜めた。
「昔、花嫁さまの親友でした」
「でも――」
言いにくそうに視線を落とす。
「婚約者を奪われた、と噂になって……」
私は小さく息を呑んだ。
「しかも」
女中は続ける。
「洋子さんは馬車事故で顔に大怪我を」
「それから、
屋敷に閉じこもっています」
小田切さんが、
静かにメモを取る。
真剣な横顔。
さっきまで軽かったのに。
仕事になると、
空気が変わる。
……格好いい。
ちょっと悔しい。
「行こう」
小田切さんが立ち上がった。
「洋子さんに会う」
「え」
「でも、会ってくれるかしら」
すると。
彼が、
なぜか自信満々に笑った。
「任せてください」
……出た。
根拠のない自信。
「こう見えて」
さらっと前髪をかき上げる。
「ボク、女性に嫌われたことがないんです」
…………。
絶対うそ。
「それ、自分で言います?」
「事実だからね」
ずるい笑顔。
なんだか悔しい。
◇◆◇
その日の午後。
私たちは、
洋子さんの屋敷を訪ねた。
立派な門。
静かな庭。
なのに。
どこか、
時間が止まったみたいな空気。
執事が現れる。
「申し訳ありません」
冷静な声。
「お嬢様は面会をお断りしております」
「お帰りください」
やっぱり。
そうよね。
私は口を開こうとした。
すると――。
「では」
小田切さんが前に出た。
「ボクの出番ですね」
え。
なにする気?
彼は、
持っていたステッキをくるりと回した。
ぴたり。
地面へ止める。
「安心してください」
落ち着いた声。
「怪しい者ではありません」
……記者です。
十分怪しいです。
「ボクたちは」
ーーーーーー
「お嬢様を助けに来ました」
執事の目が揺れる。
「助ける……?」
「ええ」
小田切さんは、
低い声で続けた。
「人はね」
「閉じこもれば閉じこもるほど、
心まで暗くなる」
まっすぐ見つめる。
「でも」
「誰かが迎えに来てくれたら、
外へ出られることもある」
……あれ。
ちょっと真面目。
「お願いです」
小田切さんが、
少しだけ笑う。
「会わせてください」
「美しい女性を、
泣かせたまま帰るのは趣味じゃない」
…………。
うまい。
言い方が。
執事が、
少しだけ表情を崩した。
そして。
私の手を取る。
「洋裁師さん」
「お嬢様に、
ドレスを作っていただけませんか」
震える声。
「費用はいくらでも」
「お嬢様のためなら、
糸目はつけません」
洋子さんは、
西側の姫の間にいた。
窓辺。
包帯で顔半分を隠している。
誰にも見られたくない。
そんな空気。
若い従者が前へ出た。
「お嬢様は体調が――」
その時。
「飯田」
洋子さんが遮った。
低い声。
「もういいわ」
ゆっくり立ち上がる。
そして、
こちらを見る。
「あなたたち」
震える声。
「私を逮捕しに来たのでしょう」
私は息を呑む。
「でも」
洋子さんの目から、
涙が落ちた。
「あそこは……」
震える声。
「本当は、私の場所だったの」
その名前が出た瞬間。
部屋の空気が、
ぴたりと止まった。
若い女中は、
しまったという顔をする。
「ま、待ってください……!」
慌てて口を押さえる。
「わたくし、何も言っておりません!」
「どうか、ご内密に……!」
すると。
「大丈夫」
小田切さんが、
やわらかく笑った。
そして、
少しかがむ。
目線を合わせた。
「ボク、女性の秘密は守る主義なんだ」
低くて、
安心する声。
「記者ですけどね」
……いや。
それ、いちばん信用ならない肩書き。
私はじろっと見る。
けれど。
女中の顔は、
少しずつ緩んでいた。
「もし協力してくれたら」
ーーーーーーー
「馬車道通りの焼き菓子だけじゃない」
いたずらっぽく笑う。
「横浜一の珈琲もつける」
「女学生さんたちの間で評判の店だ」
女中の目が、
ぱっと明るくなる。
「えっ……!」
「し、知っています……!」
……うまい。
この人。
女性が喜ぶもの、
全部わかってる。
「洋子さんは」
女中が声を潜めた。
「昔、花嫁さまの親友でした」
「でも――」
言いにくそうに視線を落とす。
「婚約者を奪われた、と噂になって……」
私は小さく息を呑んだ。
「しかも」
女中は続ける。
「洋子さんは馬車事故で顔に大怪我を」
「それから、
屋敷に閉じこもっています」
小田切さんが、
静かにメモを取る。
真剣な横顔。
さっきまで軽かったのに。
仕事になると、
空気が変わる。
……格好いい。
ちょっと悔しい。
「行こう」
小田切さんが立ち上がった。
「洋子さんに会う」
「え」
「でも、会ってくれるかしら」
すると。
彼が、
なぜか自信満々に笑った。
「任せてください」
……出た。
根拠のない自信。
「こう見えて」
さらっと前髪をかき上げる。
「ボク、女性に嫌われたことがないんです」
…………。
絶対うそ。
「それ、自分で言います?」
「事実だからね」
ずるい笑顔。
なんだか悔しい。
◇◆◇
その日の午後。
私たちは、
洋子さんの屋敷を訪ねた。
立派な門。
静かな庭。
なのに。
どこか、
時間が止まったみたいな空気。
執事が現れる。
「申し訳ありません」
冷静な声。
「お嬢様は面会をお断りしております」
「お帰りください」
やっぱり。
そうよね。
私は口を開こうとした。
すると――。
「では」
小田切さんが前に出た。
「ボクの出番ですね」
え。
なにする気?
彼は、
持っていたステッキをくるりと回した。
ぴたり。
地面へ止める。
「安心してください」
落ち着いた声。
「怪しい者ではありません」
……記者です。
十分怪しいです。
「ボクたちは」
ーーーーーー
「お嬢様を助けに来ました」
執事の目が揺れる。
「助ける……?」
「ええ」
小田切さんは、
低い声で続けた。
「人はね」
「閉じこもれば閉じこもるほど、
心まで暗くなる」
まっすぐ見つめる。
「でも」
「誰かが迎えに来てくれたら、
外へ出られることもある」
……あれ。
ちょっと真面目。
「お願いです」
小田切さんが、
少しだけ笑う。
「会わせてください」
「美しい女性を、
泣かせたまま帰るのは趣味じゃない」
…………。
うまい。
言い方が。
執事が、
少しだけ表情を崩した。
そして。
私の手を取る。
「洋裁師さん」
「お嬢様に、
ドレスを作っていただけませんか」
震える声。
「費用はいくらでも」
「お嬢様のためなら、
糸目はつけません」
洋子さんは、
西側の姫の間にいた。
窓辺。
包帯で顔半分を隠している。
誰にも見られたくない。
そんな空気。
若い従者が前へ出た。
「お嬢様は体調が――」
その時。
「飯田」
洋子さんが遮った。
低い声。
「もういいわ」
ゆっくり立ち上がる。
そして、
こちらを見る。
「あなたたち」
震える声。
「私を逮捕しに来たのでしょう」
私は息を呑む。
「でも」
洋子さんの目から、
涙が落ちた。
「あそこは……」
震える声。
「本当は、私の場所だったの」