『お姉ちゃんだから』と我慢し続けてきた令嬢、ついにブチ切れる【完結まで毎日更新!】
「さて」
獲物を追い詰めた獣のように、私は口元に薄い笑みを浮かべながら、硬く冷え切った声で問いかけた。
「お姉ちゃんのワインを飲んだのは、誰……?」
「え……?」
「お姉ちゃんのために、お母さまが遺してくれたワインを盗んだ泥棒は、誰かと聞いているのよ!」
――ドンッ!
私が拳で食卓を叩くと、その衝撃が波紋を描く鋭利な突風となって吹き広がった。三人の体は抗う術もなく壁へと押し付けられ、ゴツリと鈍い音が重なる。
そこから一呼吸遅れて、風によって舞い上がった私のアイスグレージュの髪が、重力に従いパサリと肩へ降りた。
「わ、ワイン……?」
「な、なんのことかしら……?」
「私の瞳と同じ、緑のリボンがかかったワインですよ」
その言葉に、彼らが私の顔を凝視した。
亡き母から受け継いだ、風魔法の使い手を示す薄緑色の瞳。それが今、逃げ場のない切っ先となって三人を射抜いている。
「きみどりの、リボン」
ぽつりと漏らしたフルールが、ハッとして口を両手で覆った。父と継母が、弾かれたように首を捻り、娘を凝視する。
「フルール?」
私は手元に小さな竜巻を生み出し、彼女の髪をそっと撫でた。
優しく触れたつもりだったが、怒りで研ぎ澄まされた風は、私の制御を容易に振り切る。ブチリ、と生々しい音を立てて、彼女の赤髪が千切れ飛んだ。
「ひぃぃ!」
「フルール? 言いなさい」
「お、お父様がお出かけの手土産が必要だって仰ってて……! こないだ執務室を探検していたら、綺麗なワインがあったから、それを渡しただけよ!」
「……なっ、あれのことか! お前、そんな所から持ち出したなどと言わなかっただろう!」
「なによ! お父さまだって何も聞かずに助かったって持っていったじゃない!」
「そもそも、イザベルが見栄を張って侯爵夫人に手土産を約束するから……!」
「なっ、私はそんなの知らないわよ! あなたが勝手にやったんでしょう!」
「そもそもフルールが勝手に執務室に入ったのが悪いんだ!」
――ドンッ! ビシンッ!!!
醜い責任の擦り付け合いを、私は空間そのものを押し潰すような魔力で圧殺した。
食堂全体がミシリと軋み、空気さえもがメリメリと悲鳴を上げる。立ち上がりかけていた家族は、不可視の壁に叩きつけられるようにして各々が尻餅をついた。
「……もう、黙って」
その一言で、食堂に再び刺すような静寂が訪れる。
わかったことは、たった一つ。
母が遺してくれたあのワインは、もうこの世のどこにもないということだ。
あらためて突き付けられたその現実は、乾ききった私の心にぽっかりと穴を開けた。
私はぼんやりとした思考のまま、胸の底から湧き上がる衝動を目の前の虚無へ向けて放った。
……ヒュッ。
空気を切り裂く、鋭く無機質な音。刹那の空白を挟んで、分厚い無垢材の巨大なテーブルが、バキッと芯の折れるような音を立てて、中心から真っ二つに裂ける。
「お、お姉ちゃん……」
震える声で最後にそう呟いたのは、誰だったのか。
「『お姉ちゃんだから』って。何で私がこんな目に遭わなきゃいけないの……」
家族たちが息を呑む気配を背に、私はふらふらと頼りない足取りで、振り返ることなくその場を後にした。