友達のまま
彼の濡れた唇が、ほんの少しだけ動いたような気がした。


(ダメ……。そんな風に、見つめないで――)


この狭い雨宿りの空間は、まるであの曲の冷たい雨のロビーそのもので。


もし今、私がこの手を伸ばして彼のシャツの裾を掴んでしまったら。


「友達」という、一番優しくて残酷な魔法の境界線が、一瞬で溶けて崩れ去ってしまう。


だけど、恋人になれば、いつか必ず退屈な日常が来て、別れる日が来て、私たちは赤の他人になってしまうんだ。


「アミ」


翼が、低く掠れた声で、私の名前を呼んだ。


その声があまりにも切なくて、優しくて、私は胸が引き裂かれそうになる。


「なに、翼……?」


「いや……お前さ、ずっと俺の隣にいるって、約束できるか?」


翼の手が、私の頬のすぐ横の壁を、ぎゅっと強く叩いた。


「恋人とか、そういうのじゃなくていい。もしお前に好きな奴ができても、俺を一番遠くの他人にだけはするなよ」


それは、翼の側から放たれた、一生失いたくないという「嘘つきなロマン」の告白だった。


彼も私と同じように、別れという終わりを恐れて、「友達」という永遠に縋りつこうとしている。


「あったり前じゃん。私たちが他人になるわけないでしょ、バカ翼」


私は涙が溢れそうになるのを必死で笑顔の仮面で押し殺して、彼の胸をぽんと軽く叩いた。


雨は激しさを増していくけれど、私たちの嘘の境界線は、この冷たいロビーの中で、誰にも壊せないくらい強固に重なり合っていた。
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