理系喪女の私がこんなにモテていいわけがない
第三章
 ――週末の繁華街の夜。街は煩く、人通りは多い。湿っぽい夜風がビルを抜けて、俺の頬を撫でる。ぬめっとして生臭い。早く空調のきいた場所に行きたいな、そう思いながら、有名百貨店の入口の前で人を待つ。

「――あの、ギョルイさん、で合ってます?」

 声をかけてきたのは、茶髪、セミロングの二十代前半ぐらいの女の子。ふわっとした長めのダークグレーのスカートに、濃紺のレース素材のカットソー、色白で華奢で清楚な印象。胸は、まあまああるかな。目、ちょっとプロフィール画像と違う気がする。画像、弄ってるか、整形っぽい感じもするけど。まあいいや、そこそこ可愛い。

「ええ、合ってますよ。ギョルイです。てことはアイスさんでいいですよね?」

 お互いのハンドルネームを確かめ合うと、彼女が安心したようににこりと微笑んで頷いた。じゃあ、行きましょうか、と言って俺たちは繁華街のアーケードに向かって歩き出す。

 俺、笠井信昭は何不自由ない生活を送っていた。

 昔から勉強も運動も卒なくこなす方だ。要領はいいし、器量は十人並みだけど、清潔感があり嫌味がない感じで女の子にまあまあモテる。今は大手研究試薬会社に内定も決まって、後は修士論文を仕上げるだけ。といっても俺は要領がいいから、ほとんどの研究結果はもうすでに得ていた。あとは書くだけ。楽勝である。

「ギョルイさんって早染大の院生なんですね。賢いんだ」

 アイス、と名乗る女性が俺を褒める。こいつ、多分スペック好きだな。俺本体っていうより俺に付随した何かに恋したいタイプだ。

「そんなことないですよ。アイスさんだって青空大生じゃないですか。道理で品がある、素敵な方だと思いました」

 スペック好きなアイスのスペックを同じように褒める。浅はかな時間だ、なんて思いつつも、このアーケードの先にホテル街があることをお互いにわかっていて並んで歩く。

「早染大生なんて、もっと勉強ばっかりしてて、モサい感じだと思ってました。ギョルイさんみたいな人は就職もばっちりなんじゃないですか?」

 は、会って数分でそこまでチェックするか、この女。スペックマニア、と心の中で毒つきながら、実際の就職先ではない、そこそこの企業を内定先として偽って教えてやる。

「すごーい。やっぱり頭いいんですね。もっとお話したいな」

 ニセ清楚系で、中身はハイスペック大好き、肉食女子大生のアイスはそう言ってうきうきとホテル街の路地に入っていった。お話、じゃなくてセックスだろうが、やることは。と俺は心の中でアイスを罵りながら、その後に続いた。

 ――俺は何でもできる、満ち足りた人生のはずなのに――。

 俺は何かを補うように、定期的に女の子を食い漁っていた。

 以前は学内やバイト先で出会った子と番い、それで物足りなくなれば知り合い主催の合コンに参加して適当な子を調達し、最近ではこうやってマッチングアプリを通じて知り合った子と関係していた。

 ――それでも何かが足りない。俺は常に、俺に空いた穴を埋めるように何かを探し求めていた。

 ――俺、やっぱり、おかしいんだろうか。

 アイスが俺の手をとって、”恋人繋ぎ”をしてくる。普通の男性なら、ときめいてもいいシチュエーションだが、俺には何も響かなかった。社交辞令程度ににこりと口の端をあげる。

 二人して、流れるように適当なラブホテルに入り、当然のように交代でシャワーを浴びて、ベッドに潜り込む。今日も通常運転だ。

「――ううん――あっそこ、あっ、あっ」

 俺と同じく遊び慣れているであろうアイスの身体を弄ってゆく。いつも通りの手順。キスして、胸を揉んで、先端を弄り、下半身に手を伸ばして、足の間に指を滑らせる。――つまんねえ。

「あ、ああっ―――!!」

 中指と薬指をアイスの濡れそぼった中に入れて、ぐちゃぐちゃと掻き混ぜてやると予想より早く達した。遊んでいるだけあって感度がいいな。前はどんな奴とセックスしたんだろう。聞きたい。俺の良くない部分が頭を擡げる。

 ――聞きたい、アイスを追い込みたい。

「――前は、いつ、誰と遊んだの?」

 絶頂の恍惚に浸るアイスに質問する。――どう反応するだろうか。興奮する。

「え? どうしてそんなこと聞くの? ギョルイさんに関係なくない?」

 アイスが不服そうな態度をとる。ちっ、この女もダメか。自分が遊んでいるかどうか確認されていると思っていやがる。そうじゃないんだ、俺が欲しい答えは――

「そうだね、関係ないね。ごめんね。余計なこと、聞いちゃって」

 そう言って、俺は卒なく次の段階へ進んでいく。――本当に求めているものはこれじゃない。違うのに、いつも辿り着かない。

 ――俺は、他の男とやったことを隠さない女としたかった。

 もちろん、それがおかしいことだってわかっている。でも、忘れられないんだ。あの限りなくひりひりとしたセックスが。

 俺の初恋の人、野瀬千早 (のせちはや)はクソビッチだった。

 なんで俺、あんな接点なさそうなギャルと付き合うことになったんだっけ? そうだ、高二の夏休み明けに席が隣になって、何となく喋るようになって――それで気が付いたら好きになっていて――。

 初恋の甘酸っぱい思い出を、俺の怒張した男性器でアイスの蕩けた中を穿り回しながら思い出す。――異常な時間――千早は頭が悪くて、目上の人に敬語も使えなくて、その辺にゴミを投げ捨ててしまうような倫理観の終わった奴だったけど、あいつとのセックスは最高だった。

「ん、んん! いい! そこぉ!」

 アイスの片足を高く持ち上げ、角度をつけて奥に突っ込んでやると、アイスが嬌声をあげた。この中の感じ、やっぱり遊んでんじゃねえか。かまととぶりやがって。

 苛々して更に体重をかけて奥を抉る。「あ、あっー!!」とアイスがデカい声を出す。面倒くせぇ。さっさと終わらせたくなってきた。

 ――それでぇ、こないだの憲二はぁ、私が上になった方がいいって言ってぇ――。

 俺とやっている最中に、千早が睦言のように呟いていた台詞を思い出す。そう言われて、その前の男のしたことと同じ順序を辿ってセックスすると、俺は異常なまでに興奮した。あんなの今までなかったんじゃないか。俺はその感じを未だに探し求めている。

「あ、ああ!! イクぅ! イクぅ!」

 うるせえな。俺は激情に任せて、アイスに腰を打ち付ける。アイスの中がびくっと締まって、ぎゅっと俺の性器に絡みつく。イキやがった。もうどうでもいいけど。

 ――千早っ、と目の前のアイスではなく初恋の人を思い出しながら遮二無二腰を動かす。ぎゅっと奥に届いてそこでなんとか吐精する。――ふう、危うくイカないで終わるところだった。こんなつまらないセックスでも、せめて性欲の処理ぐらいはしておきたい。

「――あの、ギョルイさん。出来たらもう一回――あの、手伝いますから――」

 だらりと気の抜けた俺の性器の上でアイスの手がわさわさと動く。くそ、気持ち悪いな、この女。清楚系のくせに性欲は強いのかよ。

「ごめんなさい。今日はもう無理です。僕、もう帰りますんで」

 俺はベッドから抜け出すと、シャワーも浴びずに服を身に付け始めた。アイスが慌てた様子で「え? え?」と戸惑っている。

「あの、私たち、相性よかったですよね?」

 裸のまま半身を起こしたアイスがベッドから俺に呼び掛ける。――さあ? どうだろう? 相性、良くなかったと俺は思うけど。

「そうでしょうか? 僕はそんなでもなかったですけど。じゃあ、これで終了ということで。お金、ここに置いときますね」

 俺はホテル代とタクシー代相当の一万円札をベッドのサイドテーブルに置く。ああ、つまらなかった。うんざりした感情を抱えて、何かを必死に訴えているアイスを無視してホテルから出ていく。
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