理系喪女の私がこんなにモテていいわけがない
 こんな具合で私と住良木さんの逢瀬は頻繁ではないにしろ、週に一回ぐらいのペースで続いていた。

 一回で終わると思っていたのにな。住良木さんは私の隙を見て、ホテルに誘ったり、または自室に誘ったり、今回みたいに私の家に上がり込んだりしてくる。私もノリノリってわけではないが、ストレス解消がてらつい誘いにのってしまう。意外と欲深かったんだな、私。

 やっている最中はお互い熱心に求め合うのに研究室での関係性は今までと全く変わっていなかった。確かに以前より親しみやすくはなったが、恋愛にあるような甘ったるい雰囲気は私たちの間には流れなかった。何度肌を重ねても、住良木さんと私は未だに先輩、後輩のままだ。

 毎回あんなに濃厚に抱かれているのに住良木さんに落ちないんだ、私。研究室のパソコンの前に座って一息ついてメールチェックしながら物思いに耽る。私って結構、頑固者だったんだな。これは私と同じく意志の強い母親に似た気がする。母は今年で五十八歳になるが、現役バリバリで進学校の英語教師をしている。昔から教師一筋できっぱりとした強い意志をもつ母親だった。私はそんな母親に性格から外見までよく似ていた。

 背後で「がちゃん」と金属製のドアが開く音がする。黒髪眼鏡の無地の生成りのTシャツ姿のぼくとつとした青年。笠井君だ。超久しぶり。

「おはよう、学会どうだった?」

 静々と私の隣の席に着く笠井君に早速、笑顔で話しかけた。久しぶりだけどやっぱり会うと嬉しい。今も昔も私の好きな人は笠井君だけだ。その存在と佇まいだけでもう好き。ごめんね、住良木さん。

「僕のポスター発表は上手くいったんですけど、一緒に行った梶原さん、発表でフリーズしちゃって数か所飛ばしちゃって……。僕は全然大丈夫だと思ったんですけど、本人がかなりダメージを受けているので後で励ましてやってください」

 おおう、香ばしい話。私にも覚えがあるな。あの学会独特の緊張感でどんなに練習していても本番で上がっちゃうんだよね。助教の梶原さんにはしばらく優しく接してあげよう。

 笠井君とこうして隣り合わせで喋るのは本当に久しぶりだ。笠井君は私たちと違って准教授についていて、このところその先生が出席する学会の準備で別室で作業することが多かった。戻ってきてくれて嬉しいな。やっぱり好き、笠井君。

「……相川さん、なんか感じ変わりました?」

 しばらくパソコンを触っていた笠井君がふと私の方を見る。真っ黒な曇りのない綺麗な目。なんか珍しい反応。

「あれじゃない? 今日お姉ちゃんのおさがり着てるから。あと前髪作ったせいかな。分かんないけど」

 は、そういえばキスマーク気付かれていないかな。笠井君の席とは反対側の肩だから大丈夫なはず。もう、住良木さんめ、しょっちゅう余計な事をするんだから。

 住良木さんは私への遠慮がなくなったのか、私の容姿にあれこれ口出しするようになった。恋人ってカテゴリじゃなく研究室の一後輩だから余計に言いやすいのかもしれない。「服がダサい」だの「髪型がおばさん」だの「眉が平成」だの、いちいち癇に障るしうるさい。私も言われたその場ではかっとなって反論するが、いざ一人になってみると住良木さんの言っていることももっともだな、と思い直すことがほとんどで、いつの間にか、そのアドバイスを日常の服装選びや髪形やメイクに取り入れるようになっていた。あの住良木皐月の言いなりになるのは多少悔しいが、服や髪やメイクを言われた通りにしていたらちょっとモテたのも事実である。

 先週は食堂で一人、昼食をとっていたら顔も知らない学部生に初めてナンパされた。八年近くこの大学にいてこんなこと初めてなんですけど。住良木さん、効果、強すぎ。

「それだけじゃなくて、なんか……。大人っぽくなったっていうか何ていうか……」

 あれ? 笠井君、ちょっといつもと感じが違う? いつもは私がどんな格好をしていようが、見ているようで見ていない感じなのに。「住良木さん効果」がここにも発揮されているのかな。

「そうかな。老けただけかもよ」

 ちょっと照れ臭くなって冗談めかして混ぜ返した。笠井君からそんな目で見られるのは嬉しいけれど、恥ずかしい。気にしていない素振りでシャープペンを手にしてノートを開く。
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