理系喪女の私がこんなにモテていいわけがない
エピローグ
いい天気。研究施設内のロビーの吹き抜けから日が差し込み、施設の隣に面した緑地から鳥のさえずりが聞こえる。
今日は帝海大発ベンチャーの初顔合わせの日だ。
とはいっても、CEOの樽見さんとはもう何度もオンラインで打ち合わせをしているし、准教授の宮田さんともこないだの最終面接で会った。今、私の隣、スーツ姿で眠そうにしている住良木皐月とは公私ともにほぼ毎日顔を合わせている。
グレーのスーツ姿の住良木さん。いつもみたいにピアスは付けず、髪をきっちりセットして束ねているが、どう見てもお正月のホストだ。初見で吹き出しそうになってしまった。
帝海大発ベンチャーはこのメンバーで初期事業を来年度から立ち上げるらしい。CEOの樽見さんは淡々としているが情熱を内包した口調で自身が開発した新技術「メガサイクロン」の展望を語っている。
「――くぁ」
欠伸を噛み殺した住良木さんを私は肘で小突く。昼過ぎで眠くなる時間帯なのは分かるが、初顔合わせの日に失礼過ぎる。相変わらず自由人、住良木皐月。
最新の研究施設内を一通り案内されて、ガラス張りの壁面のロビーのソファ席で住良木さんと一休みする。時間的に後は挨拶して終わりかな。住良木さん、ソファで眠そうにだらけている。古巣とはいえ態度が悪い。
「ほら、もうちょっとで終わりですから、ちゃんとしてください」
「だって、俺も学部の時、ちょっと齧っていたやつだから聞かなくても分かるし」
「だとしても、相手の話はきちんと最後まで聞かないと失礼ですよ。樽見さんにも悪いでしょう」
「なんだよ母ちゃんみたいなこと言いやがって。うるせえなあ」
今度は仕事終わりのホストみたい。長い足を投げ出してうだうだと煩い。同級生だとはいえ、この態度でよくまた雇ってもらえたな、住良木さん。それだけ実績と信用があるってことか。
「俺ら多分、この後、飯行くけど、お前どうする?」
ロビーから正面に見える二階の廊下で書類をもって何かを話している樽見さんと宮田さんを指さして、住良木さんが尋ねる。
「私はいいです。まだ部外者だし。積もる話もあるだろうから住良木さんだけ行ってきてください」
「うん」
ごねるかな、と思ったけどあっさりと納得する。住良木さんなりに旧友と話したいことが実はあるみたい。こんなんだけど、意外と人間関係には律儀なんだよな、住良木さん。
「あ、笠井君」
研究所の外の緑地の小道をとぼとぼと歩いてくる特徴のない青年の姿を見つけて、私は手を挙げる。笠井君はこのベンチャーとは全く関係ないが、帝海大の学内を見る機会なんて滅多にないから、と言って会合が終わりそうな時間を目掛けて迎えに来てくれた。嬉しい。ユニ〇ロのCMに出てきそうなTシャツ、ジーンズの無難な格好。今日も普通オブ普通で安心する。
「げえ、なんで笠井が来てるんだよ」
「お迎えです。この後、内定祝いしてくれるそうです。いいでしょ」
けっ、勝手にやっとけ、と住良木さんがいじけてそっぽ向く。ああ、子ども。でも今日はついていくってごねないだけマシか。
私たちの関係は私たちだけの協定によって、私と笠井君が別れるまで、住良木さんに私以上の好きな人が出来るまで、という形で継続することになった。そのため、私は週末ごとに彼らの間を行き来し、時に三人で交わる、という奇妙な性生活を続けている。
傍から見たら異常だが不思議と居心地は悪くない。男同士も仲が良く、研究室内でも私生活でも非常に円満な三角関係が続いていた。
私も最初は変だって大騒ぎしていたけど、この生活に慣れた今、平穏に馴染んでいた。たまに男二人が結託して突っ走っちゃった時に「いーっ!!」てなるけど。
何が正しくて何が間違っているかなんて人それぞれだし、私たちを世間一般の窮屈な物差しに当てはめたくない。今は誰にも邪魔されず、この平和な三角関係の心地よさに身を任せたい。
「俺にもなんかお祝いしろって笠井に言っとけ」
「嫌ですよ。別に住良木さん、今お祝いされること何もないじゃないですか」
「俺だって一応、就職内定しただろ。内定祝いしろって言え」
住良木さんがいつものようにぶつぶつと文句を言っている。遠くに小さく見える笠井君が緑地にベンチを見つけてぼうっと腰掛けている。
ずっとこのまま三人一緒だって全然悪くない。元・理系喪女の私が二人から一生モテたって構わない。
私はロビーのガラス越しに差し込む柔らかな水面のような午後の光の中で、私のことが好きな素敵な男の子たちを交互に眺めていた。
今年の夏はきっと特別なものになる――。私は新しい季節の到来に胸を弾ませ、まだ見ぬ明るい未来を思い描いていた。
今日は帝海大発ベンチャーの初顔合わせの日だ。
とはいっても、CEOの樽見さんとはもう何度もオンラインで打ち合わせをしているし、准教授の宮田さんともこないだの最終面接で会った。今、私の隣、スーツ姿で眠そうにしている住良木皐月とは公私ともにほぼ毎日顔を合わせている。
グレーのスーツ姿の住良木さん。いつもみたいにピアスは付けず、髪をきっちりセットして束ねているが、どう見てもお正月のホストだ。初見で吹き出しそうになってしまった。
帝海大発ベンチャーはこのメンバーで初期事業を来年度から立ち上げるらしい。CEOの樽見さんは淡々としているが情熱を内包した口調で自身が開発した新技術「メガサイクロン」の展望を語っている。
「――くぁ」
欠伸を噛み殺した住良木さんを私は肘で小突く。昼過ぎで眠くなる時間帯なのは分かるが、初顔合わせの日に失礼過ぎる。相変わらず自由人、住良木皐月。
最新の研究施設内を一通り案内されて、ガラス張りの壁面のロビーのソファ席で住良木さんと一休みする。時間的に後は挨拶して終わりかな。住良木さん、ソファで眠そうにだらけている。古巣とはいえ態度が悪い。
「ほら、もうちょっとで終わりですから、ちゃんとしてください」
「だって、俺も学部の時、ちょっと齧っていたやつだから聞かなくても分かるし」
「だとしても、相手の話はきちんと最後まで聞かないと失礼ですよ。樽見さんにも悪いでしょう」
「なんだよ母ちゃんみたいなこと言いやがって。うるせえなあ」
今度は仕事終わりのホストみたい。長い足を投げ出してうだうだと煩い。同級生だとはいえ、この態度でよくまた雇ってもらえたな、住良木さん。それだけ実績と信用があるってことか。
「俺ら多分、この後、飯行くけど、お前どうする?」
ロビーから正面に見える二階の廊下で書類をもって何かを話している樽見さんと宮田さんを指さして、住良木さんが尋ねる。
「私はいいです。まだ部外者だし。積もる話もあるだろうから住良木さんだけ行ってきてください」
「うん」
ごねるかな、と思ったけどあっさりと納得する。住良木さんなりに旧友と話したいことが実はあるみたい。こんなんだけど、意外と人間関係には律儀なんだよな、住良木さん。
「あ、笠井君」
研究所の外の緑地の小道をとぼとぼと歩いてくる特徴のない青年の姿を見つけて、私は手を挙げる。笠井君はこのベンチャーとは全く関係ないが、帝海大の学内を見る機会なんて滅多にないから、と言って会合が終わりそうな時間を目掛けて迎えに来てくれた。嬉しい。ユニ〇ロのCMに出てきそうなTシャツ、ジーンズの無難な格好。今日も普通オブ普通で安心する。
「げえ、なんで笠井が来てるんだよ」
「お迎えです。この後、内定祝いしてくれるそうです。いいでしょ」
けっ、勝手にやっとけ、と住良木さんがいじけてそっぽ向く。ああ、子ども。でも今日はついていくってごねないだけマシか。
私たちの関係は私たちだけの協定によって、私と笠井君が別れるまで、住良木さんに私以上の好きな人が出来るまで、という形で継続することになった。そのため、私は週末ごとに彼らの間を行き来し、時に三人で交わる、という奇妙な性生活を続けている。
傍から見たら異常だが不思議と居心地は悪くない。男同士も仲が良く、研究室内でも私生活でも非常に円満な三角関係が続いていた。
私も最初は変だって大騒ぎしていたけど、この生活に慣れた今、平穏に馴染んでいた。たまに男二人が結託して突っ走っちゃった時に「いーっ!!」てなるけど。
何が正しくて何が間違っているかなんて人それぞれだし、私たちを世間一般の窮屈な物差しに当てはめたくない。今は誰にも邪魔されず、この平和な三角関係の心地よさに身を任せたい。
「俺にもなんかお祝いしろって笠井に言っとけ」
「嫌ですよ。別に住良木さん、今お祝いされること何もないじゃないですか」
「俺だって一応、就職内定しただろ。内定祝いしろって言え」
住良木さんがいつものようにぶつぶつと文句を言っている。遠くに小さく見える笠井君が緑地にベンチを見つけてぼうっと腰掛けている。
ずっとこのまま三人一緒だって全然悪くない。元・理系喪女の私が二人から一生モテたって構わない。
私はロビーのガラス越しに差し込む柔らかな水面のような午後の光の中で、私のことが好きな素敵な男の子たちを交互に眺めていた。
今年の夏はきっと特別なものになる――。私は新しい季節の到来に胸を弾ませ、まだ見ぬ明るい未来を思い描いていた。