理系喪女の私がこんなにモテていいわけがない
「あ、住良木さん。その箱はこっちの部屋に置いてください」
「――っ、お前なあっ」

 マンションの玄関先で大きな段ボールを抱えて、ヘロヘロになっている住良木さんを横目に、私は引越し業者に指示をして、大型家具の設置を進めていた。

 笠井君と別れた後、私は前の部屋を引き払う決意をした。

 まだ更新日まで何か月かあるけれど別にいい。前の部屋は職場との距離と家賃だけで適当に選んで契約した部屋だったし、特に未練はない。私は順調に昇給しているし、ボーナスも先月ドカンと出た。引っ越しには絶好のタイミングだ。

 ――それに、前の部屋に居るとやっぱり思い出しちゃうんだよね、笠井君の事。

 もちろん、付き合っていた時は泊まったり、なんてこともしょっちゅうだったから、以前の部屋には思い出がありすぎて苦しくなった。だから、いっそ心機一転しようって、以前よりも部屋数が多い、ちょっといいマンションに引っ越すことにしたのだ。

「おい、もう終わりだろうな」

 階下から荷物を上げ終えた住良木さんが汗だくになって私に近寄ってくる。

 超イケメンをいいように使う私に、引っ越し業者のお兄さんたちも若干引いている。うん、この人の存在自体、何事だって思うよね。

「多分、大きいやつは終わりです。あと細々したものが残っているかもしれないですから確認してきてください」

 私は業者にベッドの向きをあれこれ指示しながら、住良木さんのほうを見ないで答える。「おおい!」とお怒りの声を住良木さんがあげる。

「なんでエレベーターないんだよ! このマンション!」

 ――確かに。ここは職場から近くて、周辺環境も良くて、リノベ済みのとってもいいマンションだけど、エレベーターがない。でも、私は日頃の運動不足を補えるから丁度いいかなって、この五階建てマンションの三階の部屋に決めた。

「そんなの仕方ないじゃないですか。疲れたんだったらもういいですよ。その辺で休んでてください」

 と、私はベッドの位置を確認して、業者の方にお礼を言いつつ、住良木さんを適当にあしらう。

「クソが!」

 住良木さん、大人げない。自分から手伝いに行くって言ったのに、不貞腐れて新品のソファにどかっと腰かけてしまった。イケメンの悪態に業者の人たちがびびり散らかして無駄に気を使っている。なんかごめんなさい。あとでお礼の飲み物、多めに渡しておこう。

 * * *

 ようやく搬入が終わった後、私は新居の台所で荷解きを進めていた。

 狭いワンルームからの引っ越しだったから意外と楽だった。私自身、持ち物が多い方じゃないし、住良木さんも手伝ってくれたから早く終わったのかも。

 その住良木さんは疲れてソファで眠ってしまっている。

 この家は2LDK。最初間取りを見た時、誰かと同棲するのにちょうど良さそうだな、なんて思ったけど、それはないよね。と、ソファで寝息を立てる住良木さんをそっと見る。

 いやいや、そもそも住良木さんとは笠井君と付き合っている間だけの関係ってなっていたはずだし、今、こうしてその辺にいること自体おかしいでしょ。

 当の住良木さんはどう思っているんだろう、と私は台所用品を片付けながら考える。

 住良木さんにしてもそろそろ潮時だって思っているはず。三人の特殊な関係があったから何とか続いていたけれど、こんなの普通じゃないし、住良木さんだってもっと平凡なお付き合いがしたいと思っているはず。

 ――その相手はきっと、私じゃないよね。

 また一人になるのか、と先行きが若干不安になるが仕方ない。笠井君だって真実の愛を見つけて旅立っていったんだ。私も早く自立しなくちゃ。

「――……ううん」

 住良木さんが小さな唸り声を上げる。そろそろ起きそうだな。私はソファの方にそっと近づいた。

 それにしても綺麗な顔だな。睫毛なんか茶色くて長くてふわふわだし、色白の肌がめちゃくちゃ綺麗。ちょっと短くして刈り上げを入れた髪もエッジがきいていてよく似合っている。

 ――お人形さんみたい。と至近距離で住良木さんを堪能する。この顔をこの距離で見るのも最後かと思うと少し寂しい。

「――うわ!」

 突然、起き上がった住良木さんに抱きしめられてソファに引き込まれる。流れるようなキス。――ちょ、ちょっと急激すぎる。

「ん、ちょっと待って」

 私は身をよじって住良木さんの腕から逃れようとした。

「いいじゃん。もう引っ越し終わったんだろ」

 ぺろぺろと耳の辺りを舐められる。ちょっと! この人ってなんでいっつもこうなの。

「そうじゃなくて! 今日は生理だからダメです!」

 私はそう言って住良木さんを制止した。住良木さんは「ちっ」と舌打ちして、私を抱きしめてごろごろする。

 ――住良木さんに言わなきゃな、これからのこと。

 この柑橘の香りのする腕の中で過ごすのも、もう終わり。私は次の段階に進みたい。

「……あの、住良木さん、いつまでこんなこと続けるつもりですか?」

 私は腕の中から聞いてみる。ふと顔を上げた住良木さんと目が合う。灰色の綺麗な目。何言ってんだ、こいつって思っている顔をしている。

「いつまでって、別に決めてないけど」
「あの、私たち、もう終わったと思うんですけど……。ほら、二年前、笠井君も交えて決めたじゃないですか。こうやって三人でするのは私と笠井君が付き合っている間だけだって」
「あと、俺に他の好きな人が出来るまで、ってやつだろ?」
「覚えてるじゃないですか」
「別に、忘れてねぇし」

 住良木さんが私の髪を触りながらぼんやり答える。じゃあ、話は早いよね。別れ話をするには変な体勢だけど、私は住良木さんに語りかける。

「だったら、もうこの関係解消しましょうよ。私は笠井君と別れたわけですし、住良木さんももう私と寝るメリット、何もないでしょ」

 じっと射貫くような住良木さんの視線。あれ? なんか変な事、言ったかな? ここ数日、よく考えて出した私なりの結論なんだけど。

「――俺、お前以上に好きな奴、他にいないけど」

 住良木さんが私の頬にすっと手を伸ばしてくる。――え? あれ? そういう感じ?

「それはきっと、この二年間、私たちとべったり一緒だったからですよ。視野が狭くなってたんですって。住良木さんイケメンだし、私と別れればすぐに出会いがありますよ」

 私はその手をすっと払いのけて、改めて住良木さんを見つめる。

 ――こうやってこの人の上に乗るのも今日でおしまい。私も笠井君みたいに人として次のステージに進むんだ。

「……お前はそれでいいわけ?」
「ええ、ちゃんと考えて決めました。セフレがいたんじゃ次の恋は出来ませんし」
「セフレ、俺が」
「え? 違うんですか?」

 ばっ、と住良木さんが突然、身を起こす。私はその勢いに負けて、どさっと仰向けにソファに倒れ込んだ。

「ちょっと! 急に起きないでくださいよ!」

 私は立ち上がった住良木さんに仰向けのまま訴えかけた。

 ――え? あれ? 住良木さん、怒ってる? 顔が反対を向いていて表情が読み取れないが、こわばった気配が漂ってくる。

「――帰るわ」

 そう言うと、住良木さんは突然、さっさと玄関に向かって歩き出し、あっという間に出て行った。

 ――え? なんで? 私、いけないこと言った? 住良木さん、どうして急に怒っちゃったの?

「セフレ、は、まずかったかなぁ……」

 住良木さんのプライドを傷つけるような言い方しちゃったせいかな、なんてこの時の私は彼の真意も知らずに暢気に考えていた。
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