理系喪女の私がこんなにモテていいわけがない
「メガサイクロン。お前なら分かるよな? 合成反応に使う有機溶媒の使用量を大幅に削減できる新しい技術」
住良木さんが出し抜けに新技術の話題を持ち出す。勿論知っている「メガサイクロン」。
私たちがやっている有機化学では、化合物を作るためにその反応を促す大量の石油由来の有機溶媒が必要になるが、この「メガサイクロン」という特殊な撹拌機器を用いた生成技術を使えばその有機溶媒の使用量が半分以下になるという業界内では画期的な発明だった。
確か論文発表されたのは昨年末で、今はまだ世に出ていない新技術じゃなかったかな。企業内でサスティナビリティやコストカットが常に叫ばれている今、有機溶媒を大幅に削減できる「メガサイクロン」は製薬会社や化学薬品メーカーの間で大ヒットになること間違いないだろう。
「その開発者、実は帝海大の同級生なんだよ。研究室の同期。んで、今、特許申請中なんだけども」
そうなの!? すごい、住良木さん。本当にすごいところにいたんだ。桁が違い過ぎて驚きを隠せず、ビールを飲み干す。
「同時に今、その特許でもって学内ベンチャー立ち上げようって話になってて」
まじか! それに住良木さん、誘われているってわけだ。やっぱり普通の人じゃなかった、住良木皐月。
「そこに加わるんですか、住良木さん」
「まあ、そういうことよ」
住良木さんがドヤ顔でビールを煽る。なるほどな。出来る人の人生って何でもうまく繋がるように出来ているんだ。万年、セクハラ教授のいる地方大学でちまちまやっている私とは大違い。住良木皐月、羨ましい。
「――お前も一緒に来る?」
住良木さんを妬んでじっと見つめていた私に突如、思いも寄らないことを尋ねてくる。え? どういうこと?
「どういう意味ですか? 私がそのチームに加わるってことですか?」
まさかね。帝海大発のベンチャーなんて私にはお門違いすぎる。
「そうだよ。リサーチャー(研究者)じゃなくてテクニシャン(技術者)だけど。今、募集中。どう? お前、研究職志望だろ? 直接、自分で研究課題を立ち上げてやるわけじゃないから少し希望とずれるかもしれないけど悪い話じゃないぜ?」
嘘。そんな役職、私にはとても勤まらないんじゃないかな。住良木さん、酔っ払っているのか。
「無理ですよ。学歴も実績も帝海大ベンチャーに適うものなんて私にはないですし勤まりませんて」
からかわれているとしても想像しただけでちょっとドキドキしてしまった。そんなの、すごすぎる。私には信じられないほどまばゆい未来だ。
「そうでもないと思うけど。学力とか技術とかは今のままで十分通用するし、実績なんてベンチャーで別に必要ないんだから、そのまんまでいけると思うぜ。勿論、CEOになる俺の同期がいいって言わないと入れないから普通に採用面接みたいなものは受けてもらうけど」
ええ、本気なの?! 住良木さん。私、何にも持っていない博士課程のモブ女よ。いいのかな。
「でも、私より出来る人、きっとたくさんいますよ。運もないですし会社にとって損失なんじゃないですか」
お祈りメールもたっぷりもらっていることでやはり自虐的になってしまう。本当は食い気味に詳しく聞きたいほどのいい話だが、やはり私には絵に描いた餅にすぎない。
「お前なあ、もっと自分に自信を持て。何でも頭がよくて要領よけりゃいいってわけじゃないんだよ。周りと上手くやれるとか、細かいことまで気が付くとか、皆がやりたくないような面倒な仕事でも嫌がらずに出来るとか、そういうこと全部含めて俺は評価しているわけ。分かるか? お前は全部当てはまるだろ。ラボの雰囲気が悪くならないように後輩たちの面倒細かくみていることとか、皆が嫌がってやらないような試験管洗いとか物品整理とか、ちまちまやっていること、俺は知ってるぜ」
そうなの? 住良木さん。私には何の関心もないと思っていたけど、そんな誰も見てないようなところ、見てくれていたんだ。住良木さんのこと、天才型の偏屈な人間だと思っていたけど、そんなあったかいこと言ってくれるなんて普通に嬉しい。
「ううー、そんなこと言ってくれるの住良木さんぐらいですよ。泣けてきます」
今日は色々あったし酔いもまわってきたこともあって涙腺が緩む。情けないが住良木さんの前でまた泣いてしまう。
「ああ、もういいから泣くなって。そんで、この話、受けるのか? どうすんだ?」
住良木さんが試すみたいに笑って私の顔を覗き込む。もう、そんなの答えは一つに決まっている。
「そんなおいしい話、受けるに決まってるじゃないですか。今すぐ資料一式送ってください」
「んじゃ決まりだな。今から乾杯だ」
そう言うと、住良木さんは顔をくしゃくしゃにして笑った。いつもはハンサムでクールな印象の住良木さんだが、笑うと少し子どもっぽい表情になるんだ、と私はその笑顔を見てどこかほっとした。
住良木さんが出し抜けに新技術の話題を持ち出す。勿論知っている「メガサイクロン」。
私たちがやっている有機化学では、化合物を作るためにその反応を促す大量の石油由来の有機溶媒が必要になるが、この「メガサイクロン」という特殊な撹拌機器を用いた生成技術を使えばその有機溶媒の使用量が半分以下になるという業界内では画期的な発明だった。
確か論文発表されたのは昨年末で、今はまだ世に出ていない新技術じゃなかったかな。企業内でサスティナビリティやコストカットが常に叫ばれている今、有機溶媒を大幅に削減できる「メガサイクロン」は製薬会社や化学薬品メーカーの間で大ヒットになること間違いないだろう。
「その開発者、実は帝海大の同級生なんだよ。研究室の同期。んで、今、特許申請中なんだけども」
そうなの!? すごい、住良木さん。本当にすごいところにいたんだ。桁が違い過ぎて驚きを隠せず、ビールを飲み干す。
「同時に今、その特許でもって学内ベンチャー立ち上げようって話になってて」
まじか! それに住良木さん、誘われているってわけだ。やっぱり普通の人じゃなかった、住良木皐月。
「そこに加わるんですか、住良木さん」
「まあ、そういうことよ」
住良木さんがドヤ顔でビールを煽る。なるほどな。出来る人の人生って何でもうまく繋がるように出来ているんだ。万年、セクハラ教授のいる地方大学でちまちまやっている私とは大違い。住良木皐月、羨ましい。
「――お前も一緒に来る?」
住良木さんを妬んでじっと見つめていた私に突如、思いも寄らないことを尋ねてくる。え? どういうこと?
「どういう意味ですか? 私がそのチームに加わるってことですか?」
まさかね。帝海大発のベンチャーなんて私にはお門違いすぎる。
「そうだよ。リサーチャー(研究者)じゃなくてテクニシャン(技術者)だけど。今、募集中。どう? お前、研究職志望だろ? 直接、自分で研究課題を立ち上げてやるわけじゃないから少し希望とずれるかもしれないけど悪い話じゃないぜ?」
嘘。そんな役職、私にはとても勤まらないんじゃないかな。住良木さん、酔っ払っているのか。
「無理ですよ。学歴も実績も帝海大ベンチャーに適うものなんて私にはないですし勤まりませんて」
からかわれているとしても想像しただけでちょっとドキドキしてしまった。そんなの、すごすぎる。私には信じられないほどまばゆい未来だ。
「そうでもないと思うけど。学力とか技術とかは今のままで十分通用するし、実績なんてベンチャーで別に必要ないんだから、そのまんまでいけると思うぜ。勿論、CEOになる俺の同期がいいって言わないと入れないから普通に採用面接みたいなものは受けてもらうけど」
ええ、本気なの?! 住良木さん。私、何にも持っていない博士課程のモブ女よ。いいのかな。
「でも、私より出来る人、きっとたくさんいますよ。運もないですし会社にとって損失なんじゃないですか」
お祈りメールもたっぷりもらっていることでやはり自虐的になってしまう。本当は食い気味に詳しく聞きたいほどのいい話だが、やはり私には絵に描いた餅にすぎない。
「お前なあ、もっと自分に自信を持て。何でも頭がよくて要領よけりゃいいってわけじゃないんだよ。周りと上手くやれるとか、細かいことまで気が付くとか、皆がやりたくないような面倒な仕事でも嫌がらずに出来るとか、そういうこと全部含めて俺は評価しているわけ。分かるか? お前は全部当てはまるだろ。ラボの雰囲気が悪くならないように後輩たちの面倒細かくみていることとか、皆が嫌がってやらないような試験管洗いとか物品整理とか、ちまちまやっていること、俺は知ってるぜ」
そうなの? 住良木さん。私には何の関心もないと思っていたけど、そんな誰も見てないようなところ、見てくれていたんだ。住良木さんのこと、天才型の偏屈な人間だと思っていたけど、そんなあったかいこと言ってくれるなんて普通に嬉しい。
「ううー、そんなこと言ってくれるの住良木さんぐらいですよ。泣けてきます」
今日は色々あったし酔いもまわってきたこともあって涙腺が緩む。情けないが住良木さんの前でまた泣いてしまう。
「ああ、もういいから泣くなって。そんで、この話、受けるのか? どうすんだ?」
住良木さんが試すみたいに笑って私の顔を覗き込む。もう、そんなの答えは一つに決まっている。
「そんなおいしい話、受けるに決まってるじゃないですか。今すぐ資料一式送ってください」
「んじゃ決まりだな。今から乾杯だ」
そう言うと、住良木さんは顔をくしゃくしゃにして笑った。いつもはハンサムでクールな印象の住良木さんだが、笑うと少し子どもっぽい表情になるんだ、と私はその笑顔を見てどこかほっとした。