理系喪女の私がこんなにモテていいわけがない
「そりゃ私たちなんて、笠井君にとってはただの同室のよしみですし本性晒したりしませんよ。おかげで私も万年片思いです」

 私は布団を引っ張り上げたままがっくりと肩を落とす。そっか、鋭い住良木さんには全てお見通しだったか。私の慎ましい片思いも、塩対応の笠井君も。でもまあいいか。住良木さんは見かけよりいい人だし絶対言いふらしたりしない。

「住良木さんは片思いとかしたことないでしょ?」

 悔しいのでちょっと探りを入れてみる。住良木さんが意外そうに振り向く。長髪が揺れて、日本人とも外国人ともつかない独特の顔立ちがとっても綺麗。

「イケメンだし狙った獲物は逃さない感じですか? 今、彼女いるんですか?」

 住良木さんが灰色の瞳で私をじっと見つめる。え? なんか変な事聞いたかな?

「――今、彼女いない。それに片思いもしたことある、俺」

 え、そうなの? ちょっと意外。住良木さんってモテモテで常に女の子が切れない感じかと思っていた。それにこの無双状態のルックスで片思いだなんて案外純情なんだ。

「そうなんですか。住良木さんに思いを寄せられるなんて、相手はどんな人だったんですか?」

 私はちょっと興味が湧いて詳しく聞きたくなった。住良木さんの思い人なんてきっと女神みたいに綺麗な人なんだろうな。妄想が勝手に膨らむ。

「今、目の前にいる」

 ――へ? 住良木さん?

「俺の目の前でゲロ吐いた後、のんきに眠ってへらへらしている女が俺の好きな奴だよ」

 は? 何言ってんの? 住良木さん。

「そんで、俺の気も知らずにラブホで一緒に寝ようって言ってるバカ女ときたもんだ」

 はあーっと住良木さんは大きなため息をついて項垂れる。ええ? それって住良木さんの好きな人って――。

「――私なんですか?」

 マジですか、住良木さん。

「そうだよ、お前のことそういう目で見ている奴はあのエロジジイだけじゃないぜ」

 住良木さんが照れ臭そうに髪をかき上げてこちらを見つめる。うわ、熱っぽい目。本気なの、住良木さん。

「冗談ですよね?」
「そう思うか? 俺は無駄な話はしない主義だけど」

 しばし視線が交差する。ん? どういうこと? 住良木さん、私が好きなの? 理解が追い付かない。

「え、でも、なんで私なんですか?」
「それはこっちが聞きたいよ。なんでお前みたいな冴えないやつに惚れちゃったんだろうな」

 住良木さんが恥ずかしそうに頭をぽりぽり掻いて再び項垂れる。ええ?! そうなの?! なんで?! 私、完全に量産型だし、博士課程に進んでからはお洒落なんて全然していない地味女よ?! なんでそんなのにイケメンの住良木さんが落ちちゃうわけ?! 意味わかんないんだけど?!

 二人の間に暫し沈黙が流れる。今もこのビルの別の部屋で男女が営んでるのかな、なんてどうでもいいことが頭を過ぎる。

 ――ていうか、やっぱりおかしい。住良木さん、きっと研究ばかりしていて視野が狭くなっちゃったんだ。理系だし周りに女っ気なくて気の迷いから手近な私が一番手になっちゃったのかもしれない。

「――住良木さんにはもっといい人がいますよ」

 イケメンに告白されたのにまたいつもの自虐的な私が現れる。

「私なんて綺麗でも可愛くもないですし、運も何もないですから。ちゃっちゃと見切りつけて次いっちゃってくださいよ」

 折角好きだって言われたのに自ら身を引いてしまう。だって私、本当に自分に自信がない。恋だって、人を好きになったこと自体、片手で収まるほどだし、学部生の時、何かのはずみで一瞬だけ出来た彼氏には半年ほどで振られてしまった。就活とか進学準備とか忙しくなるから別れようって言った翌週には、彼が他所の学部の子と付き合い始めたことを知った時はショックだったな。男なんて信じるまいとその後、ますます学業に邁進したものだ。

 ぎしっとベッドが軋む。住良木さんが私のそばにじりじりと寄ってくる。

「可愛くないだと? そんなわけねぇだろ」

 うわ、イケメンの至近距離。住良木さんが布団で隠した私の顔を覗き込もうとしてくる。ちょっと待って、近すぎるんだけど。

「ちょ、住良木さん、近い」

 息がかかるほどの距離に住良木さんの綺麗な顔がある。別に住良木さんのこと恋愛対象として見ていないけれど、イケメンの破壊力に負けてしまう。これでドキドキしない女の子はいないんじゃないかな。マネキンみたいに深い彫り、絶対に純日本人じゃない緑と茶色が混ざったような不思議な灰色の瞳が私を射抜く。鼻梁がすっと通っていて肌が女子並みに綺麗。なんなの、この人。研究者じゃなくてヴィジュアル系バンドのボーカルとか韓流アイドルとかの方が似合っているんじゃないだろうか。顔面がチートすぎる。

「お前は充分可愛いよ。自覚なさすぎ」

 布団をぺろりと捲られる。う、欲情したイケメンが目の前にいるんですけど。いかん、流されそう。

「でも、でも」

 私はもたもたと何か言い訳をしようとする。住良木さんの手が私の頬に触れる。綺麗な顔が間近に降りてくる。

 そのまま私は住良木さんに唇を奪われた。

 優しい感触、超柔らかい。シャンプーの匂いかな。柑橘類みたいないい匂い。撫でるように唇が動く。気持ちよくて自然と口が半開きになって、そこに流れるように鮮やかに舌が滑り込む。ていうかキスめちゃくちゃ上手い、住良木さん。絡まった舌がふわふわして溶けそう。脳が痺れてくる。

「――ゲロくせぇ」

 私から唇を離した住良木さんが失礼な感想を漏らす。まあ、真実だから仕方ないけど。ていうか、よく吐いた後の女にキス出来るな。本当に私のことが好きなんだ。じゃなきゃ無理でしょ。恐ろしい。

「しょうがないじゃないですか、ていうか何するんですか」

 私は溶けそうなキスに呼吸を乱して反論する。あんまり説得力ないかも。

「そりゃ好きな女とラブホにいりゃやりたくなるだろ。でも、お前が笠井だけだって言うんだったら、これでやめる。このまま帰る」
 住良木さんは私の耳を親指で優しく撫でながらひっそりと囁く。うう、くすぐったい、けど気持ちいい。住良木さん、何だかんだ女の扱い、慣れすぎ。やっぱチートイケメンだ、この人。

 私は住良木さんに撫でられながら、一通り自分の身の振り方を考えてみた。私の不毛な片思いはきっと実らないだろう。今だって笠井君は私に無関心だし、きっと残り一年、笠井君の恋愛サイクルに嵌ることのないまま何事もなく終わる。その後はどうなるのかな? 好きな人、この先、出来るかどうかもわからない。少なくとも住良木さんみたいな超絶イケメンに求められるような稀有な経験は後にも先にもないはずだ。

「――いいですよ。わかりました。しましょう」
「笠井はいいのかよ」
「いいですよ。どうせ片思いで終わりますし。住良木さんに触られていたらなんかムラムラしてきました。やりましょう」

 私は貞操観念云々よりもイケメンの住良木さんとしてみたい好奇心が勝ってそう答えた。

 どうせ、夢みたいなことばかり起こっている今日、一つぐらい人生の思い出が増えてもいいや、私はそのぐらいの軽い気持ちで住良木さんに抱かれる決意をした。一回やれば、きっと住良木さんもモブの私なんてすぐにどうでもよくなるに決まっている。やっぱりそんな自虐的思考から抜けられずに、とりあえず今日という日の流れに身を任せることにした。
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