余所者-よそもの-
ぷつん、と頭の中に張りつめていた何かが、静かに途切れた。
男の口はまだ動いているのに、音が全く入ってこない。
ぐにゃぐちゃと視界は歪みだして、目に映る景色から色がなくなっていく。
「いやぁ、ここもホント治安が悪くなっちゃってねぇ。地下の売人が消えてみんな好き放題。はやく戻って来ないかなぁ」
「………」
自分の身体が、まるで氷水に突っ込んだみたいに外側から徐々に冷たくなっていくのがわかる。
指先と足裏の感覚から消えていく。
感覚がなくなると、自分がどうやって地面に立っていたのかさえ、わからない。
「あらぁ帰っちゃうの?ヒきにきたんじゃないのぉ?……ざぁんねん」
地面を確かめるように一歩、また一歩、と後ずさった。
すると踵(カカト)に――コツン、と何かが当たった。
「え、え、えぇぇ……ヤ、ヤダなぁもう。オトリですか?マトリィ?俺まだ何もしてないですよぉ」
踵から、背中へ。
凍り付いていた私の身体が、後ろで当たった何かにぶつかって、確かな体温を伝えてくる。
やがて、私の横腹からおへそあたりを包み込むように、大きな手が回された。
すっぽりと後ろから抱きすくめられる格好になって、初めて自分の背後に誰かが立っていることに気が付く。
「し、紫藤さぁん。ホントホントです。ヤですよ、こんなイジワルはぁ」
「ここに入るなっつったろうが……」
凄んだシドの声が、耳元で重く打ち付けられた。
「おぉ怖い怖いぃ。シロウトこっち入れんの勘弁してくださいよぉ。俺だったからよかったもののぉ」
「………」
「や、やだなぁそう睨まないでぇ。なんです?ここを統治する気になりましたぁ?」
「ねぇよ」
「なんだぁ。……ならね、ならねぇ?お願いがあるんですぅ。いい加減、地下の売人を返してくれません?」
「知るか」
シドはそう言って、私を抱いたまま踵を返し、男から離れる。
「こっちじゃモッパラの噂ですよぉ。地下の売人は紫藤さんに消されたんじゃないかってぇ」
私のへそにあるシドの手がピクリと動く。
シドは「ふん」と鼻を鳴らすと、奇妙なまでに静かなZ地区を堂々と歩きだした。