恋愛経験ゼロの年下くんが、私の一番になりました
「……あさひ、くん……っ」

 唇が離れ、ようやく息をつく隙ができたタイミングで亜佑美が掠れた声で朝陽の名前を呼ぶと、その声で朝陽は我に返ったように目を見開いた。

 いつの間にか強く抱き締めていた腕の力を緩めると見る見るうちに表情を青ざめさせ、

「す、すみません! 俺……」

 勢いに任せてしまった自分の行動を悔いるように慌てて頭を下げる朝陽。

「い、いいの。謝らないで……」

 亜佑美は小さく首を横に振ると、照れくさそうに視線を逸らした。

「嫌じゃないんだけど……その……ここじゃ、さすがに……ね?」
「そうですよね。本当にすみません……。リビングへ行きましょう」
「うん」

 二人は玄関を後にしてリビングへ移動するも、どこか照れ臭くぎこちない空気が流れる中、不意に朝陽のスマートフォンから着信音が鳴り響いた。

 画面に表示されていた名前を見て朝陽は微かに眉を寄せた。

「……陽向か……嫌な予感しかない……」

 相手は陽向のようで、明らかに嫌そうな表情を浮かべている。

「何かあった……とか?」
「あるとすれば、親父と言い合いしたとかだと思うんですよね」
「……出てあげた方がいいよ。私、その間にお風呂入っちゃうから」
「……分かりました、それじゃあ少しだけ話を聞きますね」
「うん」

 亜佑美と会話を交わした朝陽はソファーに腰を下ろして通話ボタンを押す。

「……何?」

 ぶっきらぼうに応じた朝陽を横目に亜佑美は浴室へ向かって行った。

 陽向からの内容は朝陽が思った通りで、送り届けた陽向が一言も無く部屋へ戻るとそのことを皮切りに父親と喧嘩をしたらしく、その愚痴を聞いてほしくて電話をかけてきたのだ。

『だから帰るの嫌だったんだよ、親父、マジでうるせー』
「それは陽向を思ってのことだって言ってるじゃん。陽向は好き勝手やり過ぎ。親父が怒るのも無理ないって」
『はあ? 兄ちゃんまで親父の肩持つのかよ?』
「肩持つとかそういうんじゃないって」

 いつものこととはいえ、思春期真っ只中の陽向に何を言っても逆効果なのも分かっているからこそ、呆れ半分心配半分といった様子で話に耳を傾けつつ陽向を宥めるのだった。
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