恋愛経験ゼロの年下くんが、私の一番になりました
「美味いな」

 それから少しして出来上がった夕食を口にした陽向が素直に感想を漏らすと、亜佑美はほっとしたように笑みを浮かべた。

「それなら良かった。まだあるから良かったらおかわりしてね」
「ん」

 穏やかな空気が流れる食卓だったが、二人の頭には先程の出来事が引っかかっていた。

 暫くして亜佑美がおずおずと口を開く。

「さっきの……」
「インターホン?」

 陽向が言葉を引き継ぐと亜佑美は小さく頷いた。

「うん……鳴ったからモニターを確認したんだけど、誰も映ってなかったの」
「悪戯にしてはタチが悪いよな。ストーカー野郎は何がしたいんだろうな」

 言いながら陽向は眉をひそめる。

「朝陽くんが帰ってきた時、鉢合わせたりしないかな……」
「兄ちゃんはまだ暫く帰らねぇんだから心配ないだろ」
「だといいけど……」

 それでも亜佑美の表情は晴れない。

 すると陽向はスマートフォンを取り出しながら肩をすくめた。

「まぁ、一応さっきのことは兄ちゃんにメッセージ送っとくか」
「うん、お願い」

 短く事情を打ち込んで送信すると陽向はふと思いついたように言う。

「つーかさ、ストーカーにここまで住所知られてんなら、亜佑美サンがここに居ても危険なのは変わりねぇよな。いっそのこと引っ越した方がよくね?」

 その言葉に亜佑美は申し訳なさそうに視線を落とした。

「そうだよね、私が朝陽くんに頼ったせいで……迷惑掛けてるよね」
「いや、別に兄ちゃんは迷惑なんて思ってねぇよ」
「でも……」
「むしろ、もっと頼ってほしいって思ってるくらいだって」

 陽向は迷いなく言い切る。

「そうかな?」
「そうだって」

 その力強い言葉に亜佑美は少しだけ表情を和らげたけれど、彼女の胸の奥にはもう一つ引っかかっていることがあった。

「あのさ……ちょっと聞いてもらってもいい?」
「何?」

 少し言いづらそうに視線を泳がせたあと亜佑美はぽつりと本音を零す。

「……朝陽くん、少しずつって言ってたけど、一向に敬語で話すのやめてくれないの……」
「あー……」

 陽向は苦笑しつつ、朝陽の性格をよく知っているからこそ返す言葉を選んでいるようだった。

「兄ちゃんは俺と違って、そういうとこはかたいんだよなぁ」
「勿論、朝陽くんの性格なんだって分かってはいるけど……やっぱり淋しいんだよね。他人行儀な感じがして……」

 その寂しそうな横顔を見つめた陽向は小さくため息をついた。

「……何で俺にはそんなこと言えるのに、兄ちゃんには言わないの?」
「言ったことはあるよ。でも……無理強いはしたくないから」

 朝陽を思うからこそ踏み込めない。

 だけどその優しさがかえって二人の距離を縮められずにいるのだと陽向は密かに思っていた。
< 120 / 161 >

この作品をシェア

pagetop