恋愛経験ゼロの年下くんが、私の一番になりました
 その日界人は取引先との打ち合わせのため外へ出ており、昼休みを亜佑美と共に過ごすことができなかった。

 いつもなら界人も一緒に昼食を取るところだが、今日は同僚たちと外へ出ることにした。

 昼食を済ませて会社へ戻る道を歩いていた、その時、ふと背後から視線を感じた亜佑美。

(誰かに見られている)

 さりげなく辺りを見回したものの通りには昼休みを終えて職場へ戻る人々が行き交っている。

 近くの店から出てくる人もいればスマートフォンを眺めながら歩いている人もいるけれど、怪しい人影は見当たらなかった。

「亜佑美、どうかした?」

 隣を歩いていた同僚が不思議そうに顔を覗き込む。

「ううん、何でもない」

 そう答えながら亜佑美は小さく首を振った。

 きっと気のせいだ。

 今日は界人がいないせいで少し不安になって、いつも以上に周囲を気にしてしまったのだろう。

 そう自分に言い聞かせながら亜佑美は会社へ向かって歩き出した。

 会社へ戻ると、界人が取引先から帰ってきた。

 姿を見つけた亜佑美は、 ほっとしたように息を吐く。

「北丘くん、おかえりなさい」
「ただいま。昼、どうだった?」
「普通にみんなと食べてきたよ」

 そう答えたものの、少し迷ったあとで亜佑美は戻って来る時に感じたことを話した。

「……実はね会社に戻ってくるとき、誰かに見られているような気がしたの」

 その言葉に界人の表情がわずかに曇る。

「でも、周りを見ても何もなかったから、多分気にしすぎただけだと思う」
「それでも、藍島さんたちには話した方がいいんじゃない?」
「……そうだね」

 勘違いかもしれないけれど、ひとまず朝陽や陽向へメッセージを送ることにした。

 そのメッセージを受け取った朝陽や陽向は、やっぱり、動き出したかと警戒心を強めることを決める。

 その日の夕方、仕事を終えた亜佑美は界人に見送られながら朝陽の車へ乗り込んだ。

「じゃあ、また明日」
「うん。北丘くんも気をつけてね」
「ありがとう。それじゃあ、また」
「北丘さん、ありがとうございました。また明日」

 挨拶を済ませて車がゆっくりと走り出すと亜佑美は窓の外へ視線を向けた。

 そんな亜佑美の様子を運転席に座る朝陽はちらりと横目で見る。

「昼間のこと、気にしていますか?」
「……うん。気のせいかなって思ってるんだけど、やっぱり怖くて」
「そうですよね」

 そう頷いた朝陽が曲がり角を曲がると、

「……あれ? こっち家とは反対方向じゃない?」
「ええ」
「どこか寄るの?」
「気分転換に少しだけ寄り道しましょう」
「寄り道?」
「軽くドライブするだけですけど、不安を抱えたままで家に帰っても気分が晴れないと思うので」

 思いがけない言葉に亜佑美は目を瞬かせた後で、ほんの少しだけ表情を緩めた。

「……ありがとう」

 朝陽はそんな亜佑美を見て安心したように小さく笑うと市街地から離れていった。
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