恋愛経験ゼロの年下くんが、私の一番になりました
 二人で電車に乗り込むと、幸い車内はそれ程混んでおらず並んで席に座ることが出来た。

 規則的な揺れに身を任せながら亜佑美はふと隣を見る。

「そういえば藍島くん、どうしてあの時あそこに居たの? 藍島くんの職場って、あの辺りじゃないよね?」
「ああ、少し前まで友達とご飯行ってたんです。別れて駅に向かおうと歩いてたら木葉さんを見つけて」
「そうだったんだ」

 どうやら本当に偶然だったらしい。

 もし朝陽があの場に居なかったら自分はどうなっていたんだろうと亜佑美が思っていると、隣から穏やかな声が聞こえた。

「本当は、ご飯あんまり乗り気じゃなかったんですけど」
「え?」
「行って良かったです」

 そう言って朝陽は照れ臭そうに笑う。

「どうして?」
「だって、そうじゃなかったら木葉さんに会えてなかったし、あの男の人から助けられなかったから。友達に感謝しないとですね!」

 屈託なくそんなことを言われてしまった亜佑美の心臓は聞こえてしまうのでは無いかと思う程に騒がしい。

「……そっか」

 何とかそれだけ返しながら亜佑美は熱くなりそうな頬を誤魔化すように窓の外へ視線を向けた。

 隣にいるだけで落ち着かないのに、こうして真っ直ぐな言葉を向けられると、どうしていいのか分からない亜佑美は電車に揺られている間、終始ドキドキしっぱなしだった。

 やがて亜佑美の住むマンション最寄り駅へ到着し、二人は改札を抜ける。

 駅前のコンビニへ立ち寄り亜佑美が先に会計を済ませて店の外へ出ると、夜風が火照った頬を少しだけ冷ましてくれた。

 そして朝陽がレジを終えるのを待っていると、ふいに背後から声が掛かる。

「ねぇ」

 振り返るとそこには酒の入ったコンビニ袋を提げた男が立っていた。

 どこか馴れ馴れしい笑みを浮かべ、じろじろと亜佑美を見ている。

「……何か?」
「キミ、ここで結構見掛けるけど、家この辺なの? 可愛いなって思ってたんだよねぇ~。良かったら俺の家来ない? 酒飲もーよ」

 酒臭い息と距離感のおかしい態度に亜佑美は反射的に警戒する。

 酔っているせいか男は構わず一歩距離を詰めてきたので亜佑美が離れようとした、その時だった。

「お兄さん、彼女に何の用ですか? 俺が代わりに聞きますけど?」

 にこやかな声と共に朝陽がスっと二人の間へ割って入り、気づけば自然な動作で亜佑美を庇うように男の前へ立っていた。

 しかも、朝陽は笑顔は崩していないのに、その目だけは全く笑っていない。

 男は一瞬気圧されたようにたじろいだ後、面倒臭そうに舌打ちする。

「何だよ、男居んのかよ……」

 ぶつぶつ文句を零しながら男は二人とは反対方向へふらつくように歩き去って行った。
< 34 / 90 >

この作品をシェア

pagetop