選べなかった恋の続きを、君と紡いで

 食べ終わった後、私が歯磨きをしている間に、汐月くんは買って来てくれた氷枕をセットしてくれていた。

「至れり尽くせりすぎる……」
「病人は素直に甘えてたらいい」
「汐月くんが風邪引いた時は任せてね」
「助かる」

 冗談めかしたやりとりに気が楽になるのを感じながら、ベッドに上がろうとスリッパを脱いだその時だった。

 毎日の習慣であり、いつもならなんてことのない動作。それでも今日は熱のせいでふらついた足がもつれ、転びそうになってしまった。
 あっと躓きかけたところで、伸びてきた逞しい腕にぐいっと引き寄せられた。

「っと、大丈夫か」

 転びかけた私を汐月くんが支えてくれているのだとすぐにわかった。想像よりもしっかりとした厚い胸板がすぐ目の前に迫り、どくんと胸が高鳴る。

 鼓動が忙しない。頬から耳にかけて肌がカッと熱くなった。

「……あ、あれ」
「七瀬さん?」

 戸惑いながら顔を上げると、心配そうに首を傾げる汐月くんと目が合った。影が落ち少し暗くなった表情。重い前髪がさらりと流れる。

 距離の近さを意識してしまって、全身の血液が沸騰するような感覚に見舞われた。

 どうしてこんなにドキドキしているのだろう。

「しんどい?」
「あ、う、うん。大丈夫……」

 どっちなのかわからない返事をする声が震える。汐月くんは案ずるような表情で、布団を捲って、私をそっとベッドに座らせてくれた。

「早く薬が効くといいな」

 ゆっくりと布団に入る私を、汐月くんの大きな手が支えてくれる。横になると、首元まで布団を引き上げてくれてからベッドの横にしゃがみこんでくれた。変えたばかりでまだひんやりとしている熱冷まし用シートに優しく手を乗せられる。

「大丈夫。ちゃんといるから」

 その言葉がすうっと胸に沁み入った瞬間、ふわふわとしていた気持ちがすとんと胸に落ちて来た。好きの2文字が脳内に浮かぶ。

 好き。

 そっか、私、好きなんだ、汐月くんのことが。

 文章を書いて生活しているくせに、たった今実感した。言葉の破壊力、持つ力はすごい。汐月くんがくれた『大丈夫』は、自分に言い聞かせていた同じ言葉よりもずっとずっと深く、心を安心感で満たしてくれた。

 汐月くんの穏やかな微笑みを見つめ返そうとしたところで、ハッとした。私、今すっぴんだし髪もぼさぼさだ! さっきまでは友人だと思っていたから平気だったのに、急に急にメイクもしていないボロボロの自分が恥ずかしくなってしまった。顔もまだ赤いかもしれない。

 自分の醜態に耐え切れなくなって、そそくさと頭から布団にもぐる。

 汐月くんはそれを寝る合図だと受け取ってくれたのか、ぽんぽんと優しく布団の上から肩のあたりを叩いてくれた。子どもを寝かしつけるような、あやすような、優しさだった。

「ゆっくり寝て。また元気になったら一緒にカフェに行こう」
「うん、ありがとう……」

 布団の中にいるせいか、発熱のせいか――たぶんそのどちらでもない胸の高鳴りと体中の血液が巡る熱い感覚。恥ずかしいような、もっと感じていたいような複雑で、甘やかな気持ち。

 それでも、自覚した恋心はしっかりと心臓に根付いていた。
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