選べなかった恋の続きを、君と紡いで
「一花先生、先日は企画書をお送りくださりありがとうございました~!」

 担当編集の大椛(おおかば)さんが、手元のタブレットから顔を上げて微笑む。

 三年前にデビューした駆け出しの小説家である私は、文芸誌に掲載する長編小説の打ち合わせのため、一緒に仕事をしている明星出版社を訪れていた。普段はカフェやオンラインで打ち合わせをすることが多いけれど、今日は久しぶりに「来ませんか?」と誘われたのだ。

 白く薄い仕切り板で区切られた打ち合わせスペース。編集部の人が淹れてくれた紅茶の湯気を挟んで、大椛さんを見つめる。

 今日提出したのは、長編小説用の企画案が三本。メールで「直接フィードバックします」と言われていたので、好感触なのかどうかまだわからない。

 そわそわしながら、冷たくなった手を膝の上でぎゅっと握る。

「……ど、どうでしたか?」
「特に三つ目の企画案がいいと思いましたね。やっぱり一花先生の良さは、繊細な心情描写ですし、内容的にデビュー作を思い出す読者さんもいると思うんですよ」

 レイヤーが入った金髪のボブヘアを揺らしながらにこにこと語る大椛さんに、軽く力が抜けてしまった。

 実は三つ目は、案が二つというものな……と思い、昨夜急遽付け足した自信のない企画案だった。悪く言えば付け焼刃のような案だ。
 自分用に印刷してきた企画書を見つめながら、心の内で「これか……」と選ばれたことに驚いた。なぜか同時に胸がざわめく。とはいえ責任を持って提出した案ではあるし、書きたいものではある。

「ちなみに一つ目と二つ目はいまいちですかね?」
「あ~……」

 顎に手を当てた大椛さんが、軽く目を閉じて唸る。

「うーん……悪くはないと思うんですけど」

 歯切れの悪い反応が返ってきて、相談しようと開きかけた口が閉じてしまう。これは手応えがなさそう……。

 そもそも一案目も二案目も、どうしても自分のやりたいことなのか。自分の作風――色が乗せられているかと言われたらその自信はない。市場調査はしたし、書きたいテーマではあるけれど、正直なところぼんやりとした完成イメージしかないから反論するほどではないのだ。

「三案目は王道展開ですけど、だからこそ描写が大事だと思うのでぜひ先生の文章で読みたいなと思ったんです。特に主人公が恋愛に対して……――」

 それに、大椛さんのアドバイスは的確だった。

 商業作品は売れるもの、世間が求めているものを作ることが第一だ。それなのに、私は賞をとったデビュー作以降まったく大きなヒットをあげられていない。やりたいこと、伝えたいテーマも今回の企画書のようにうまく落とし込めていない。だから矛盾点や違和感を指摘されてしまうし、三案目を押し通そうとする勇気も気合もない。

 そんな鳴かず飛ばずの私を、大椛さんが売ろうとしてくれていることも充分すぎるほど伝わっている。だったら、私にできることは……――。

「わかりました。三案目の方向でちょっと練り直してもいいですか?」
「もちろんです! 不安点とかは大丈夫そうですか? よければ一緒に考えますよ」
「ありがとうございます。今は大丈夫そうなので、また行き詰まったらお願いします」

 今は求められているものを作ることが正しい。とにかく頑張るしかない。

 言語化できない密かなざわめきを抑え込んで、大椛さんが一緒に考えてくれた案やアドバイスを、取りこぼさないようにノートにメモしていく。

「じゃあ、三案目練り直したらまた連絡しますね」
「はい、ぜひ! あ、短編のプロットもお待ちしてますね」
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