選べなかった恋の続きを、君と紡いで


 意識した瞬間顔が熱くなって、またうまく隣が見られなくなる。

「あ、お手洗いだけ寄ってもいい?」
「ああ、このあたりで待ってるよ」

 頭の中が〝デート〟という言葉で埋め尽くされてしまったので、とっさにそう言って背を向けた。

 汐月くんと別れた後、まだドキドキと音を立てる心臓を持て余しながら、少しだけ列ができていた女性用トイレの最後尾に並ぶ。個室を出て手を洗った後、リップを塗り直そうと化粧直し用の鏡の前へと向かった。
 
 鏡に映る自分を見た瞬間、息を呑む。

 自然と口角が上がり浮かれた顔をしている自分に気づき、慌てて周囲を見回した。それから誤魔化すように髪を手櫛で整えた。

 恥ずかしい。頭を冷やそうとトイレに来たはずなのに今も熱いままだ。もしかして汐月くんにも気づかれていたかもしれない。どうか、気づかないでほしい。

「はぁ……」

 思わずため息がこぼれる。

 疲れや困惑からくるものじゃない、幸せの吐息。ただただ胸がいっぱいで、息として気持ちを吐き出さないといっぱいいっぱいで溢れそうだった。

 これはデートじゃない。

 ただの取材。友人としての旅行。

 頭ではそう理解しているのに、同じくらいそうだったらいいのにと願ってしまう自分もいる。今の私は『好き』だけでは足りない。友人という関係だけじゃ物足りない。随分欲張りになってしまっている。

 気持ちを切り替えるようにリップを塗り直して、髪を梳き、簡単に化粧を直す。よし……と心の中で気合いを入れ直してトイレを後にした。

「あれ……?」

 イルカショーの直前だからかさっきよりも人が増えた館内に、汐月くんの姿はなかった。このあたりで待ってくれていると言っていたけれど……。きょろきょろと探していると、目の前に影がさした。

「おねーさん、ひとり? かわいいね」
「っ!」

 立ち塞がるように目の前に立つ若い男性は知らない人だった。ナンパだ……! と気づいた瞬間、一歩後ずさる。

「人と一緒に来ているので」

 そう言って立ち去ろうとしたその時、ガッと腕を掴まれた。思わずびくっと肩を跳ねさせると、男性がにんまりと笑った。

「まあまあ、ちょっとだけいいじゃん。ね!」
「いや、結構です」
「そんなつれないこと言わずにさ~!」

 無視して腕を振りほどこうとするのに、男性はぐいぐいと食い下がって来る。

「俺の彼女に何か用ですか」

 そこに低い声が割っていってきた。顔を向けると、表情を消した汐月くんが立っていた。

「え、彼氏?」
「そうですが」

きっぱりと言い放った汐月くんに、ドキッとする。

「その手、さっさと離していただけますか」
「あ~……スミマセン」

 男性は気まずそうに私の手を離すと、頭を下げながらそそくさと逃げていく。汐月くんはその背中を険しい顔で見送ってから、私のほうを向いた。

「大丈夫?」
「うん、ありがとう」
「間に合ってよかった……。ごめん、勝手に彼氏って言って。そのほうが追い払えると思って」
「あ、ううん。私はぜんぜん嫌じゃないから……!」
「そっか」

 慌ててそう答えると、汐月くんがホッとしたように目元を緩めた。さっきまでの厳しい表情はもう消えていて、よく見るとほんの少し息が切れている。待ち合わせ場所から少し離れているから駆けつけてくれたのかもしれない。この人混みを縫って……?

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