選べなかった恋の続きを、君と紡いで
ほぼ同時に振り返ると、藍色の着物を着た品のよい年配の女性がひとり立っている。
「お祖母さん……」
目を見開いた汐月くんが、絞り出したような声を響かせた。汐月くんのお祖母ちゃん!?
「こんなところで会うなんて奇遇やね。こっちに来るなら連絡くらいしてくれてもええのに」
「……予定と出張があったから。七瀬さん、うちの祖母です」
「初めまして、律の祖母です。そちらの方は……」
女性の視線が、緩慢な動きで私のほうへと流れてくる。妙な緊張感がぴりっと走った。
「友人の七瀬さん」
「ああ、〝ご友人〟……。せやったらええけど」
「初めまして。七瀬と申します」
会釈をすると、お祖母さんが上品に微笑み返してくれる。穏やかなのに、どうしてか圧を感じるのは気のせいだろうか……。心臓がなんとなく嫌な音を立てるのを感じながらも、失礼のないように笑顔を返した。
「七瀬さん、失礼ですがご職業は?」
「お祖母さん」
突然踏み込んだ質問をされて目を瞬かせると、汐月くんがすぐさまたしなめるように割り込んだ。
「大事なことやろ」
「駆け出しですが、作家をしています」
「あら、先生。せやけど……成功できるのんは一握りの人間だけ言うしえらい不安定やねぇ」
頬に手を当てながら、やれやれと言いたげにため息を吐かれてしまった。
とはいえ、仕事の話をするとこんな反応をもらうことはままある。自分が見えている、触れている世界が中心になってしまうのは仕方ないことだし、自分なりには頑張っていることでも、他人から見れば理解の及ばないことなんてよくある。
「はい。でも、周囲のおかげでなんとかやらせていただいてま──」
「失礼なことを言わないでほしい」
普段と変わらず笑顔で流そうとした私の言葉に続いたのは、汐月くんの硬い声だった。目の前のお祖母さんが面食らったような顔をする。
「職業に優劣なんてないし、そもそもそれを他人が決めることじゃない……と思います」
お祖母さんが汐月くんの頭のてっぺんから爪先までゆったりと視線を巡らせる。
「まあ、お友達と遊ぶのも結構やけどね。ちゃんとした人生も大事にし」
お祖母さんは釘を刺すように強くそう言って、人混みの中に消えていった。
見送る汐月くんの横顔をちらりと見れば、強張っている。
以前ご両親のことを厳しいと話してくれたことがあったけれど、お祖母さんもそうなのだろうか。汐月くんの表情は暗く、少なくとも汐月くんは一線引いているように見える。
「ごめん、嫌な思いをさせた」
汐月くんが眉を下げた。
「ううん、ぜんぜん。庇ってくれてありがとう」
「俺自身も嫌だったんだ。七瀬さんが頑張ってることを知ってるから」
胸がじんとする。
身近にこうして理解して、寄り添ってくれる人がいるのはありがたいことだ。
汐月くんはまだ申し訳なさそうに眉を八の字にしたままで、表情にも影が差している。さっきまでの笑顔が消えてしまったことに胸が重くなるけれど、あまり突っ込まれたくないかもしれない。
迷ったもののいてもたってもいられなくて、少し先にあるお土産屋さんを指差した。
「汐月くん、よかったらここのお土産見てもいい?」
「え、ああ……もちろん」
「ありがとう。実は気になってたお菓子があって」
歩き出しながらもう一度隣を見れば、汐月くんの眉間の皺がほんの少しだけ和らいでいて胸を撫で下ろした。
その後は新幹線の時間ギリギリまで一緒に過ごしたけれど、帰りの新幹線に揺られる私の頭には汐月くんの強張った表情がこびりついていた。