選べなかった恋の続きを、君と紡いで
「実……は」
ためらいがちに、言葉を発した。
「原稿、ほんとに面白いかなって悩んでて……」
「なるほど。今一話ですよね。ちなみにどのあたりですか?」
「えーっと……」
答えかけて、はたと止まる。
迷っていることだけはわかる。でも具体的に聞かれると急に言葉に詰まってしまった。私は今どこで立ち止まっているのだろう。
「全体的にですかね。なんかこれで正しいのかなって。ちゃんと求められてるものが書けてますかね……?」
恐る恐る訪ねてみると、軽い沈黙が流れた。心臓の鼓動が速くなる。
「先生、書きたいものが他にありますか?」
「え……」
「もしかしたら、他に書きたいものがあるとか今書いている話に納得がいっていないとか……そういう理由で進んでいないんじゃないかなって」
大椛さんの声は、私の胸の裡を引き出すような穏やかさだった。
息を呑む。
書きたいもの。求められているものではなく、私自身が挑戦したいこと。
今書いている長編に不満があるわけではない。けれど、同時にこれまで何度か心の水面がざわめいていた理由が胸に落ちてきた気がした。
進まないのは落ち込んでいるからだと思っていた。
でも……神社で汐月くんと話した物語の構想がちらついた。いつか挑戦したい。そう漠然と思った気持ちがふつふつと強く、熱く煮えたぎってくる。
「……この話が書きたくないわけではないんです」
大事なことなので前置きすると、大椛さんが「はい」と柔らかな相槌をくれた。
「挑戦したいジャンルはあるんですけど、ただそれが〝正しい〟のか不安になっちゃって……売れるかな、とか私に求められてるのかな、とか」
「正しいかぁ……。正しさって状況に応じて変わるモノじゃないですかね?」
大椛さんがさらりと答える。
「商業なので売れるかどうかは私もちゃんと判断します。でも、世間が求めてる正解とかは一旦置いておいて、もし先生が挑戦したいものがあるのなら一緒にやってみたいなとは思いますよ」
胸が熱くなった。
顔は見えないけれど、鼓膜を震わせる声色の優しさは、大椛さんが手を差し伸べてくれているみたいだった。
大椛さんはここまで考えてくれていたのに。後がないかもしれない、とか、失望されるかもしれないとか、私が勝手に怯えて壁を作っていたのだ。変化も進化も怖がって。
勝手に求められているものを作らないと。求められているものこそが正解だと一人で思い込んでいたのだ。
情けないな、と目の奥が熱くなる。けれど、今はそれよりも……。
「ありがとうございます、大椛さん」
声がわずかに震えた。
「今回の話なんですけど、少しだけミステリー要素を入れたいと思っていて」
「ミステリー要素ですか?」
「はい、といっても大きな事件が起きるわけではなくて。日常的な恋愛ミステリーなんですけど……」
軽く頭に浮かんでいたシーン。口にしてみると、するすると膨らんでいく。雲が晴れていくように、だんだんと作りたい物語の輪郭が見えてくる。
「いいですね。主人公のキャラ設定にも深みが出るかも……それに大きく調整しなくてもいけそうな感じですもんね」
大椛さんの声もだんだん熱を帯びていく。追加と調整するエピソードを話し合い、とんとん拍子に話が進んでいった。
「一旦再考プロットっていただけたりしますか?」
「すぐ送ります!」
「ありがとうございます。無理しない範囲でぜひ」
「あっ、大椛さん……! ……聞いてくださってありがとうございます」
「こちらこそ」