選べなかった恋の続きを、君と紡いで
汐月くんが案内してくれたのは落ち着いた雰囲気のダイニングバーだった。深いブラウンの木材と黒いステンレスの脚でできた棚やテーブルが印象的で、洗練された空気感が漂っている。イタリアンをメインにしており、釜では名物のピザが焼き上げられているらしく、店内にはおいしそうな香りに満たされていた。
勢いよく誘った私に対して、汐月くんはきょとんとした後、すぐに表情をほころばせて「行こう」と答えてくれた。とっさの提案だったため、今から店を探そうとあたふたする私に、汐月くんが近場でおすすめのここを提案してくれたのだ。
嫌そうな雰囲気はなかったけれど、多少強引だったかもしれない。断れなかっただけだったら申し訳ないな……と、ジャケットを脱ぐ汐月くんを見遣りながら向かいの椅子に座る。
「ここ、どれも絶品」
店員さんが水を持って来てくれた後、汐月くんがハイ、とメニューをさりげなくメニューの向きを私のほうへ向けてテーブルに置いてくれる。
「ありがとう。でも、汐月くんが見えづらいだろうから」
「そうか? じゃあ、こうして一緒に見よう」
突然手元を覗き込まれてドキっとした。
思ったよりも距離が近づき、嗅ぎなれない香りがほんの一瞬だけ鼻先に触れてドキリと心臓が音を立てるのがわかる。
この香水は、汐月くんのものだろうか。ほのかな月明りだけが射し込む静かな夜。森の中を歩いている時のような落ち着きと透明感、爽やかさのある香りに、思わず喉が鳴る。
食事の邪魔をしないさりげない品のある芳香は、静かでクールな汐月くんらしかった。
さりげない気遣い、そして私と違って距離に動揺していない様子を見ると、大人だなあ……としみじみしてしまった。
年齢だけ見ればもちろんまごうことなき大人ではあるものの、昔から知っているからかいつの間にか知らないところで成長しているという不思議な感覚に見舞われる。当時から今も付き合いのある友人は、高校入学、大学卒業、就職……など節目のお互いを知っている。だからこそ変化があっても身近すぎてなかなか実感しないことが多いけれど、離れている時間が長いからかひしひしと感じてしまった。
あの頃もこれくらいの距離感になることはあった……はず。それなのにまとっている雰囲気のせいなのか、私だけが鼓動を反応させていて恥ずかしい。
「えっと……ホントにどれもおいしそうだね。おすすめとかある?」
「そうだな……苦手なものやアレルギーはある?」
「ううん、なんでもいける」
「頼もしいな」
ふっと小さく口角を上げた汐月くんが、長い指先でゆっくりとメニューを捲った。
「このしらすのピザとか、あとは明太子のパスタとか……あ、生ハムサラダもいい。特に海鮮をつかったものがおすすめかも」
「わー、また迷う。シェアとかあり?」
「あり。そのほうがいいと思ってた」
それから汐月くんはスパークリングワイン、私は日本酒を頼んだ。そういえば一緒にお酒を飲むのは初めてだと笑いながら乾杯をする。汐月くんはワインを飲むことが多いこと、私は日本酒が好きなことを話していると、おすすめのピザが運ばれてくる。