選べなかった恋の続きを、君と紡いで
「切り分けてもいい?」

 言いながら腕を伸ばそうとしたその時、くいっと袖を引かれた。

「俺がやるよ」

 そっと腕を押され、手のひらからピザカッターが優しく抜き取られる。もしかして切りたいタイプの人? と思ったところですぐにハッとする。

 今日着ているブラウスは緩めのシルエットということもあり、ピザに当たりそうになっていた。

 食べ物に当たるなんて不衛生すぎる……! 汐月くんの気遣いに感謝すると同時に恥ずかしさと申し訳なさに襲われる。切りたいタイプなのかな、なんて思った自分が呑気すぎてしゅんとしてしまった。

「ごめん、気づかなくて……」
「綺麗な格好してるから」

 そっち!

 さらっと告げられた言葉に、またドキリとしてしまった。汐月くんはなにごともなかったかのように綺麗に、丁寧にピザを切り分けてくれる。歪みもなく、大きさに偏りのない切り方は汐月くんらしい。

 でも、昔の汐月くんはこういう褒め言葉をさらっと言うイメージがなかったから、まだ鼓動は速まったままだった。とはいえ、中学生の頃と違うのは当然かもしれない……。やっぱり大人になったんだな。会っていない間、汐月くんはどんな生活を送っていたのだろう。

 お礼を言ってピザを受け取ってから、尋ねてみる。

「汐月くんは出版の仕事に興味があったの?」
「いや、俺は……」

 ピザを手にとろうとした汐月くんが苦笑する。

「ただ安定を選んだだけかな」

 たしかに明星出版は日本では知らない人はいない大きな企業だ。新卒だろうが転職だろうが、私から見れば就職できている人はすごいし、不安定な世界の中で生きるために安定を選ぶのは立派なことだと思う。

だからこそ、“だけ”だと卑下するような言い方が不思議だった。

 ふと図書委員をしていた時に、どうして選んだのか深い意味なく、雑談の延長として聞いてみたことを思い出した。私は本が好きだったからほとんど職権乱用を目的にした立候補だった。運動が得意だったり人をまとめるのが得意だったりするクラスメイトよりも、体育委員や文化祭委員を完璧にやり遂げられる自信もなかったという理由もある。

 汐月くんは、「薦められたから」とバツが悪そうに教えてくれた。私が小説の素晴らしさや図書委員になれて嬉しい気持ちを語ってしまった後だったから変に気を遣わせてしまったかも、と少し申し訳なくなった記憶が思い起こされる。

「汐月くんが就活を頑張った結果だし、私から見たらすごいと思うよ」
「いや、好きなことを仕事にできてる七瀬さんのほうがすごいだろ」
「いやいや、汐月くんだよ」
「七瀬さんだって」

 しばらくの間言い合ってから、ぷっと吹き出した。汐月くんも小さく笑う。

「堂々巡りだよ、これ……!」
「ホントだな」
「じゃあ、ありがたく褒め言葉を受け取ります。ありがとね。汐月くんも返品不可だから!」
「返品って。でも、わかった。ありがとう」

 口元に手を当てて、控えめながらもくすくすと楽しそうに笑う汐月くんは、絞られた照明も相まって上品で綺麗だった。中学の時より低くなった声は、やっぱり成長を感じさせる。

 新幹線で再会した時よりも気兼ねなく話せたからか、会話もどんどん弾んだ。中学時代の遠足の話、体育祭のこと、お世話になった先生の話題……いろんな話が尽きなかった。すすめてくれた料理も全部おいしくて、私が大感動するたびに汐月くんも目を細めてくれた。

 楽しいな……と、ふとした拍子に胸が満たされていることに気づく。

 汐月くんは今どんなふうに感じてくれているのだろう。私と同じように楽しんでくれていたらいいな。そんな密かな願いを胸の中で育てながら、フォークにパスタを巻きつけた。

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