選べなかった恋の続きを、君と紡いで
 部屋のソファに案内した後、「いただきます」と丁寧に手をあわせた汐月くんが、私が淹れたコーヒーをゆっくりと口に運ぶ。汐月くんがこの家を訪れるのは熱を出して看病してもらった以来。恋心を自覚した日以来だ。

 次に招き入れる時には、恋人になっているなんて思いもしなかった。やっぱりまだ夢みたいな感覚が抜けなくてそわそわしてしまう。

「いきなりごめんな。来週約束してたのに」
「ううん、嬉しかったよ」

 横を見ると汐月くんが眉を下げていたから、慌てて手を横に振る。

「実は……私だけが好きなのかって思ってたから。まだ夢みたいで」

 クリスマスのことを暗に思い出しつつ、照れ隠しに苦笑する。

 すると、汐月くんが軽く目を見開き、それから眉間にぐっと皺を寄せた。申し訳なさそうな、苦しそうな表情。長い指先がゆっくりとコースターにマグを戻す。

「……そんな顔させてごめん。一緒にイルミネーションを見た時、本当は告白したかったんだ」
「え……」
「七瀬さんに触れたい。キスしたいって思って」

 ぽつぽつと語られ始めた言葉に息を呑む。てっきり私だけが期待していたのだと思っていた。相槌を打とうかと思ったけれど、汐月くんが再び口を開いたから静かに続きを待つ。

「一緒に出掛けられてるだけで浮かれてて。目が合った瞬間、恋心が溢れて七瀬さんに触れたい。そう思った。でも……」

 汐月くんの長いまつ毛が軽く伏せられる。

「でも、まだ告白もしていない状態で。しかも七瀬さんの気持ちを聞いてもいないのに一方的にキスをするのは違うんじゃないか、とか。だからといって締め切り前で忙しいタイミングで告白するのは早いんじゃないか、とか……そんなことを考えて、今キスすることは間違いだ、正しくないって思ってしまったんだ」

 膝に置かれた汐月くんのこぶしが、きつく握りしめられる。

 ああ、そうかと腑に落ちた。あの日の私はまだ年末進行に巻き込まれている真っ只中。仕事で精いっぱいだったから慮ってくれたんだ。誠実な汐月くんらしい、不器用でさりげない気遣いがすとんと落ちてきた。

「私の仕事のこと、気遣ってくれたんだね」
「それだけじゃないんだ。俺の情けなさが……一番の原因で」

 響く声が重くなる。情けなさ? と思い至らなくて軽く小首を傾ける。

「告白したい。七瀬さんの恋人になりたい。そう思う自分がいたのに、どうしてもあの瞬間に気持ちを伝えることが正しくないとしか思えなかった。……その、京都駅で後悔したから」
「京都駅……?」
「俺があの場所に案内したせいで祖母に会って嫌な思いをさせてしまっただろ」
「いやいや、汐月くんのせいじゃないよ!?」
「でも、選んだのは俺だ」

 とっさに手を横に振るけれど、汐月くんは苦笑を深めるだけだった。

< 60 / 74 >

この作品をシェア

pagetop