選べなかった恋の続きを、君と紡いで
「それに私は気にしてないし、一緒にツリーが見られて嬉しかったよ」
「俺も一緒に見られたことは嬉しかった。けど、俺は七瀬さんにあんなことを言う祖母のことを嫌だと思ったんだ。……でも」
汐月くんが膝の上で、ぎりっとこぶしを握り締める。
「幼い時から親や祖母から言われてきた世間一般の正解が、俺の中から消えなくて。正しいこと、今一番大事なことを探すクセがついてた。七瀬さんと過ごすうちに少しずつ変われたと思ってたんだけど……祖母と会った瞬間、また無意識に胸に刻まれてしまって。また〝正解〟を探して、無意識に逃げたんだ。……情けないけど」
困ったように眉を八の字に下げる汐月くんに胸がぎゅっと締めつけられた。
――間違いない。正解だと思う。
思い返せば、汐月くんはいつもそんな言葉を口にしていた。お祖母さんから『〝ちゃんとした〟人生を大事にし』と言われた時、顔を強張らせていた。
自分が求めることがわからない。自分の選択に自信が持てない。正解かどうかわからない。踏み出せない……。そんな揺れ動く気持ちを抱えていた自分と重なった。
でも、汐月くんは私よりもずっとずっと長い間、この感情と一緒に生きていたのだ。幼いころから抑圧されてきたのなら、わからなくなっても当然なのかもしれない。以前ご両親と育ってきた環境のことを打ち明けてくれた時の胸の重みが蘇る。
どう考えても汐月くんのせいじゃないし、傍から見ればたかが……と思われてしまうようなささいなことかもしれない。けれどずっと自分の選択を端に追いやり、正しさを探し、その道を歩いてきた汐月くんからすれば、大きな意味を持つ出来事だったのだろう。
それほど周囲に気を遣い、優先して、生きてきた人。
「でも、それでも……どうしても伝えたかった」
汐月くんが少し体の向きをずらして、正面から私を見据える。
「中学の頃も、七瀬さんのことが好きだったんだ」
「え……」
「……といっても、当時は子どもだったし『これが恋なのかな』くらいの認識だったんだけど。今思えば間違いなく初恋だったよ」
当時を懐かしむように、色素の薄い目が弧を描く。
「引っ越す前、七瀬さんに伝えようと思った。でも……もし断られたらって不安もあったし、引っ越したらもう会えないだろうって諦めたんだ」
大人になった今ならどんな交通手段でも思い浮かぶ距離だとしても、中学生にとっては遠い。汐月くんが引っ越した時、私も同じことを思ったからすぐに納得できた。
いわゆる世間が望む正解を選び取っていた汐月くんは、私以上だったはずだ。
「でも、心の底でずっと後悔が残ってて。……七瀬さんに再会した時に、あの時自分が『思いを伝える』ことを選べなかった後悔がどんどん強くなって……もう一度惹かれるようになってからは、より一層深まった。七瀬さんとの再会が運命だったらいいな。そう思った気持ちを、俺がちゃんと運命にしたい。そう考えるようになっていった」
新幹線で再会した時、連絡先を聞く選択肢をすぐに思い浮かべられなかったこと。その後もう一度再会した時に、私から食事に誘われたことがほんとうに嬉しかったこと。だから、自分からも声をかけてくれたらしい。
「自分の夢を持って頑張ってる七瀬さんのことがまぶしくて、気づいたら俺もいろんな道を探せるようになってた。それこそ、また植物を育ててみようって思ったのも七瀬さんのおかげだから」
私が風邪を引いた時、いてもたってもいられなかったこと。出かけるたび幸せだったこと。汐月くんはひとつひとつ振り返るように言葉にしてくれる。
「告白しようって思えたのは、もう後悔したくなかったから。でもひとりじゃきっと俺はクリスマスの夜みたいに踏み出せなくて……背中を押してくれたのは、七瀬さん。君の言葉なんだ。七瀬さんが『会いたい』って送ってくれた瞬間、体が勝手に動き出してた」
きつく握り締められたこぶし。手からはみ出した指が、白く色を変えている。向けられる双眸が凛とした輝きを増した。
「帰省中だってわかってたはずだし、いつ帰って来るのかもしらなかったのに。また会う約束をしてたのに、待てなかった。勝手に足が動いてたんだ。君に……七瀬さんにどうしても会いたかった」