選べなかった恋の続きを、君と紡いで
5
汐月くん――もとい律と付き合い始めて早一か月が経った。
仕事終わりに予定を合わせて食事に行く間柄なのは、友人時代から変わらない。けれどお互い名前で呼び合うようになり、休日に出掛ける回数も増え、私たちを形容する関係はあきらかに進展していた。
「おいしかったなぁ」
「ああ、おいしかった」
まだまだ体にこたえる寒さが続く二月十四日。今日はバレンタインでお互い仕事は休みということもあり、朝から律の運転で山奥にあるカフェに行ってきた。
有名なショコラティエがオープンさせた店で、ずっと前に「気になっている」と話したところ、覚えてくれて律が予約をとってくれたのだ。ランチとデザートを楽しみ、併設された工房で陶芸体験まで楽しんだ私たち。カフェは旦那さん、陶芸教室は奥さんが運営しているらしく、仲睦まじく出会いからオープンに至った経緯を教えてくれたことを思い出すと胸がほっこりした。
まだ緑が芽吹く前の山道を抜けると、暖房が入った車内が次第に温まってくる。
「なんか、おいしかったしか言えないかも……」
「俺は言える。濃厚だった」
「待って、私も言えるよ? コクがあって深い味なのに蕩けた」
よくわからない意地の張り合いをした後、ぷっと笑い合った。ひとしきり笑った後、白いタートルネックを着た律が、ふふっともう一度噛み締めるように笑みをこぼす。
中学の時と同じくらい、砕けた会話。そして再会した時よりも深く、冗談めかした話もたくさんできるようになって、律には気の抜けた笑顔が増えた気がする。その笑顔を見るたびに胸がきゅんとして、喜びと愛おしさが募った。
一月は怒涛の一か月だった。調整したプロットも無事に会議を通り、数話先までの原稿納品も終わった。まだ書き溜めをしている段階だから、連載開始も校正等の作業も先だけれど、単行本化の話もまとまり、ひとまず先は見えている。
もちろん売上や世間の反応を考えるとまだ不安が完全に抹消されたわけではない。それでも大椛さんと話し合ったからか、方向性を見つけられたからか――今は純粋に物語を紡げることが楽しかった。
「予約とってくれてありがとうね」
「実はまだこれで終わりじゃないんだ」
「えっ」
てっきり都内のほうへ帰ると思っていたから、一瞬面食らってしまった。律がハンドルを握ったまま悪戯っぽく微笑む。
「どこか寄るの?」
「着いてからのお楽しみ」
「まさかのサプライズ!」
素直に声を弾ませると、律の笑みがいっそう嬉しそうなものへと変わった。
いつもありのまま喜びの感情を出してしまう私を、律はまぶしいものでもみるように、愛おしそうに見つめてくれる。最初はそれが気恥ずかしかったけれど、だんだんと面映ゆいながらも嬉しく受け止められるようになってきた。
思い返せば中学の時から、趣味を語る時の私に対して、律は同じような眼差しを注いでくれていた。
お互いが育てているサボテンのこと、仕事、近況。ちょっとした日常の共有をして笑い合っているうちにあっという間に日が暮れていく。
世界がオレンジ色に染まり始める頃、車が到着したのは小高い丘の上だった。コートを着て車から降りると、鮮やかな夕陽に迎えられて目を眇める。
仕事終わりに予定を合わせて食事に行く間柄なのは、友人時代から変わらない。けれどお互い名前で呼び合うようになり、休日に出掛ける回数も増え、私たちを形容する関係はあきらかに進展していた。
「おいしかったなぁ」
「ああ、おいしかった」
まだまだ体にこたえる寒さが続く二月十四日。今日はバレンタインでお互い仕事は休みということもあり、朝から律の運転で山奥にあるカフェに行ってきた。
有名なショコラティエがオープンさせた店で、ずっと前に「気になっている」と話したところ、覚えてくれて律が予約をとってくれたのだ。ランチとデザートを楽しみ、併設された工房で陶芸体験まで楽しんだ私たち。カフェは旦那さん、陶芸教室は奥さんが運営しているらしく、仲睦まじく出会いからオープンに至った経緯を教えてくれたことを思い出すと胸がほっこりした。
まだ緑が芽吹く前の山道を抜けると、暖房が入った車内が次第に温まってくる。
「なんか、おいしかったしか言えないかも……」
「俺は言える。濃厚だった」
「待って、私も言えるよ? コクがあって深い味なのに蕩けた」
よくわからない意地の張り合いをした後、ぷっと笑い合った。ひとしきり笑った後、白いタートルネックを着た律が、ふふっともう一度噛み締めるように笑みをこぼす。
中学の時と同じくらい、砕けた会話。そして再会した時よりも深く、冗談めかした話もたくさんできるようになって、律には気の抜けた笑顔が増えた気がする。その笑顔を見るたびに胸がきゅんとして、喜びと愛おしさが募った。
一月は怒涛の一か月だった。調整したプロットも無事に会議を通り、数話先までの原稿納品も終わった。まだ書き溜めをしている段階だから、連載開始も校正等の作業も先だけれど、単行本化の話もまとまり、ひとまず先は見えている。
もちろん売上や世間の反応を考えるとまだ不安が完全に抹消されたわけではない。それでも大椛さんと話し合ったからか、方向性を見つけられたからか――今は純粋に物語を紡げることが楽しかった。
「予約とってくれてありがとうね」
「実はまだこれで終わりじゃないんだ」
「えっ」
てっきり都内のほうへ帰ると思っていたから、一瞬面食らってしまった。律がハンドルを握ったまま悪戯っぽく微笑む。
「どこか寄るの?」
「着いてからのお楽しみ」
「まさかのサプライズ!」
素直に声を弾ませると、律の笑みがいっそう嬉しそうなものへと変わった。
いつもありのまま喜びの感情を出してしまう私を、律はまぶしいものでもみるように、愛おしそうに見つめてくれる。最初はそれが気恥ずかしかったけれど、だんだんと面映ゆいながらも嬉しく受け止められるようになってきた。
思い返せば中学の時から、趣味を語る時の私に対して、律は同じような眼差しを注いでくれていた。
お互いが育てているサボテンのこと、仕事、近況。ちょっとした日常の共有をして笑い合っているうちにあっという間に日が暮れていく。
世界がオレンジ色に染まり始める頃、車が到着したのは小高い丘の上だった。コートを着て車から降りると、鮮やかな夕陽に迎えられて目を眇める。