選べなかった恋の続きを、君と紡いで
律が手を引いて、柵の前まで案内してくれた。眼下に広がる街に、思わず息を呑む。山の向こうに溶けるようにして夕陽が沈んでいく。雲が流れ、遠くに夜の色が見え始めた。
「綺麗……」
感嘆の息を漏らすと、グレーのコートを着込んだ律が満たされたような笑みを浮かべる。色素の薄い瞳に茜色が反射してビー玉みたいにきらきらきらきら輝く。
「この景色を一花にも見せたかったんだ」
律の眉が優しく下がる。
「大学時代からお気に入りの場所で。一人になりたい時によく来てた」
「そうだったんだ……!」
「天文学サークルの友達から教えてもらって来たんだけど、昼と夕方、夜。それぞれ違う魅力があるんだ」
ここに来たきっかけを語ってくれる律の横顔に、懐かしむような色が浮かぶ。初めて知る律の顔。特別な場所に連れてきてくれたこと。大切な思い出を共有してくれること。全部が嬉しくて胸がいっぱいになる。
朝は朝日がよく見えること。昼間は天気が良ければかなり遠くまで見渡せること。夜は街の明かりがきらきらと美しいこと。結構穴場らしいこと。
教えてくれる景色を想像しながら温かい気持ちで話を聞いていると、次第に別のことが気になってきてしまった。どうやら律は当初、その友人と二人でよく来ていたらしい。たしかに律が大人数で来ることはあまり想像できないけれど、こんなに素敵でロマンチックな場所に来る友人というのは特別な関係?
同性? 異性……? 同性でも異性でも友人でいいんだよね……? と勝手に想像が膨らんで、心臓のあたりがざわざわする。でも、交友関係に口を出すなんて……。
そもそも恋人だとしても過去の話なわけで。いや、それに律は優しいし、過去の恋人との思い出の場所で詳しい話をしてくれるようなデリカシーのなさはないはず。
モヤモヤを溜めながら話を聞いていたものの、逆にこの態度がよくない気がした。勇気を振り絞るように柵をぎゅっと握る。
「……あの」
「うん?」
律の目線が景色から私へと移る。
「友だちって……お、男の人?」
最後は声が不自然に上ずってしまった。律はきょとんとした後、ふふっと口角を緩める。
「男だよ。それから、関係はれっきとした友人。前に少し話を聞いてもらったイタリア人の」
「あっ」
京都に泊まった時、ホテルのテラスで教えてくれた話の記憶をたどる。
「留学生の?」
「そう。彼だよ」
ホッと胸を撫で下ろした。よかった。半分覚悟を決めていたくせに、いざ友人だと言われるとわかりやすく安堵してしまった。
軽く下を向いて息を吐いていると、律が身を屈めて顔を覗き込んでくる。距離の近さにドキっと鼓動が跳ねた。
「もしかして妬いてくれた?」
悪戯めいた視線に射抜かれる。まるで縫い留められたみたいに目を背けることができなくて、唇を引き結びながら律の顔を見上げた。
「妬いたよ」
そう答えると、律は自分から聞いたはずなのに軽く目を見開く。それから先に視線を逸らして、体勢を戻してしまった。
茜色に照らされた横顔が赤い。夕陽のせいじゃない。